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808 黄色いレインコート
しおりを挟む書類仕事がひと段落ついたので、おれは大きく「うーん」と背伸びする。凝った肩をもみほぐしながら窓の方をみれば、ガラスに雨粒がぴとぴ打ちつけられている。外は本降り。ざぁざぁという音が室内にまで届くほどの強い雨足。
今日は朝からずっとこんな調子にて、天気予報によれば一日続くそうな。
伯魅がおれのところにやってきてから、はや三日が過ぎようとしている。
自分の娘を囮にして敵対勢力を一網打尽にする。
本当にやるつもりなのかと、桜花朱魅に問い質したいところではあったが、あいにくと電話が繋がらない。
伯魅をつけ狙っているという愛葉会の動向も気になるところ。だが、そちらに関してはカラス女をはじめてとして、地元の動物界が協力して目を光らせてくれるというので、さほど心配はしていない。
普段ならばめんどうくさがって率先して動かない毛玉ども。
だが、今回ばかりはそうもいってはいられない。
なにせ保護対象が赤鬼の族長の娘なのだ。裏社会のVIPみたいなもの。もしもこの地で彼女の身に何かがあれば、高月が地図から消えることになりかねん。最悪、それを口実にして、鬼族と動物界の戦争へと発展する可能性もなきにしもあらず。
もっとも当の鬼姫さまは、周囲の大人たちの心配をよそに無邪気なもので……。
事務所内にて、キャッキャとはしゃぎ声。
伯魅だ。
ただいま第二助手のしらたきさんが、あやとりの相手をしてくれている。
しらたきさんはひょろりと長い白い腕の怪異。
ひょっとしたら怖がって泣き出すかもと、初見時にはドキドキであったが、いらぬ杞憂であった。そこはそれ、さすがは鬼の子。あっさりと怪異を受け入れ、いまではえらく懐いている。
というか、しらたきさんの子どもの扱いがとてもお上手。
お手玉、ジャグリング、手品、あやとり、折り紙、影遊び、お絵描き、ブロック遊び、オモチャのピアノの伴奏にて歌のお稽古などなど……。
何げに芸達者なしらたきさん。
次から次へと特技を披露するもので、伯魅の目は釘付けにて、もう夢中。
あれだけ「パパ、パパ」言っていたのに、いまではしらたきさんにべったり。
おれ、ちょっとジェラシー。
◇
タバコが切れた。ストックもなし。
億劫だがしようがない。重い腰をあげる。コンビニに買いに行こうとしたら、それに気がついた伯魅が「いっしょに行く」と言い出す。
ここ数日で幼女は知恵をつけた。こうやってパパにくっついて行けば、オマケつきのお菓子を買ってもらえることを学習したのである。
ちなみに伯魅のお気に入りは、昔から売っているオマケつきのキャラメル。なかなかにしぶいチョイス。他にも商品棚には、いかにも女の子が好みそうなキラキラしたオマケ付きがあるというのに、いったい何故?
以前、レジで並んでいるときに、不思議に思っておれがたずねると、まさかの答えが返ってきた。
「しらないの、パパ? ザイテクだよ。だいじにとっておくとプレミアがつくの」と。
たかがお菓子のオマケ、されどオマケ。
半世紀以上も愛され続けてきたお菓子には、根強いファンがついており、そのオマケもまた愛されている。熱心なコレクターがついており、なかにはとんでもない値段をつける品もあるそうな。
遊ぶのではなくて保管用。
う~ん、ひょっとしたらうちの子は天才なのかもしれない。
◇
高月中央商店街のアーケードには屋根がある。
雨の日に限定的とはいえ、いちいち傘をささなくても移動できるのはありがたい。
商店街内にあるコンビニで早々に買い物を済ませ、おれと伯魅は手を繋ぎ帰路につく。
ずっと家に籠りっぱなしだったもので、ちょっとしたお出かけでも伯魅はうれしそうだ。いい気晴らしになったのならさいわいと、おれも頬が緩む。
が、そんな憩いの時間は唐突に終わった。
人の流れからポツンと取り残されるかのようにして、前方に黄色いレインコートの男が立っている。目深にかぶったフードにて、顔はよくわからない。
こんな天気だ。雨合羽を着ている者がいてもなんらおかしくはない。
ただし、右手にぎらりと光る出刃包丁を握っていなければの話。
フードからのぞく口元が、にちゃりと厭な笑みを浮かべる。
そんな相手がずんずんとこちらに向かってきたもので、おれは背に伯魅を庇う。
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