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018 里の事情、中央の事情
しおりを挟む部屋、厠、食卓にその他もろもろ。
自分で汚したのならば、自分でキレイにするのが当たり前。
だから雑巾片手に床を拭いているホラン。ぶつくさ文句を言いながらも、せっせと手を動かす。
「そもそもの話、ここの里はおかしいんだよ。門番はやたらと強いし、どうしてこんなに銀禍獣だらけなんだ? おっと、辺境だからなんていう答えは却下だからな。そもそも他所にはこんなにいやしねえよ。銅禍獣ならばともかく、銀禍獣なんて一体でもいたら、けっこう大ごとなんだ。下手をしたら軍の大規模な討伐隊が派遣されるんだぞ。それを……」
ポポの里の常識、他所さまの非常識。
ところかわればではないが、己の生まれ育った環境が、他とはちょっぴりちがうことを知り、軽く衝撃を受けるわたし。あらためて田舎者であることを痛感。
「くっ、これが都会の洗礼か」
「チヨコ母さまには、わたくしがついておりますわ。だからどうか気をしっかりお持ちになって」
地味にへこみ、うろたえる剣の母。
それを気遣う勇者のつるぎ。白銀のスコップに変じたままなので、懐内にてもぞもぞ。ちょっとくすぐったい。
そんなわたしたちのやりとりを横目に、黙々と食事を続けていたハウエイさん。完食にて箸を置き、四つん這いになっているホランをじろりとねめつける。
「どうしてかだって? そもそも国が何もしてくれないからだろうが。そのくせきっちり税だけは絞りとりやがる。なんら恩恵を与えることなく、搾取だけは一丁前。そんな中で里が生き抜くには、共生の道を模索するしかなかったんだよ。悪いけど、わたしらにとっちゃあ、聖都でふんぞり返っているだけの皇(スメラギ)よりも、このダケさんの方がよっぽどありがたい存在だね」
ハウエイさんから褒められて、照れるダケさん。「よせやい。尻のあたりがムズムズするじゃないか」
巨大キノコが身をよじったひょうしに、胞子がぽろぽろ落ちた。
生きるためと言われては二の句が繋げず、ホランは黙り込むしかない。
そこへ畳みかけるようにして、ハウエイさんがある質問を放つ。
「チヨコの件で、影矛であるあんたが真っ先に出張ってきたってことは、何かあるんじゃないのかい? 中央に」
ぎくりと固まったホラン。じつにわかりやすい。とても皇の命令で動く隠密とは思えぬほどに反応が素直。根が正直者なのだろうけれども、この分では剣の腕は上から数えた方が早いという、彼の言葉も怪しいものである。
しばし緊迫した沈黙が続いたのちに、先に折れたのはホラン。「ふぅ」とタメ息にてボリボリ頭をかき、「わかったよ。話せばいいんだろ、話せば」
◇
神聖ユモ国第四十九代目・皇・ワシュウ。
治世は良好にて、可もなく不可もなくといったところ。
そんな彼には三人の妃と三人の子がいる。
一見すると、皇のもとで固まっているようにみえる現政権。しかし水面下では熾烈な権力闘争と派閥争いがくり広げられていた。
これはもう国や王族の宿命みたいなもので、いまさらなこと。
なかでも特に激しくやりあっているのが、第一妃シンシャと第二妃メノウ。
双方が高位貴族の出身にてとにかく鼻っ柱が強い。実家を中心にした派閥を抱え、狙うは次期皇位。なんとしても我が子をと躍起になっている。
そんなときに、ふってわいたのが「剣の母」である。
強大なチカラを秘めし天剣(アマノツルギ)を産み出す乙女。神に選ばれ、尊い使命を与えられし者。これすなわち天の御使いなり。
権威と箔づけには、またとない存在。
もしも自分の陣営に組み込めれば、皇位争いにおいて俄然有利に立てるにちがいない。
双方ともにこの考えに至たるまで、さして時間はかからなかった。
で、次に起こったのが壮絶なる駆け引き。
「誰が『剣の母』を迎えに行くのか」
使節団として赴けば、必然的に聖都へと到着するまでの長い時間をいっしょに過ごすことになる。礼儀作法や各種事情など、アレコレ相談に乗ったり指導したりする立場を担うがゆえに、イヤが応にも築かれる信頼関係。
ましてや相手は右も左もわからない、辺境の年端もいかぬ田舎娘。
それがいきなり皇から召喚されて、親元と故郷から引き離れることになる。さぞや心細いことであろう。
言い方は悪いが、つけ込む隙だらけ。
この美味しい役割をみすみす逃してなるものか……。
「まぁ、現状はこんなところだな。両陣営からの横やりがエグすぎて、使節団の選考が難航している。迎えがなかなか来ないのはそのせいさ。で、皇さまとしては、身内が争うのはかまわないのだが、とりあえず台風の目となる『剣の母』という存在を見極めておこうかと考えた次第だな」
権力に媚びるのか、上昇志向の持ち主か、金品に目がくらむか、色に転ぶか、あるいは怯えるだけの子羊か、強固な意志を持つか。
俗物ならば俗物なりの御し方があり、傑物や高潔なる者ならば、それはそれで扱いようがある。
他者を従える方法ならばいくらでも。
それが絶対権力者の怖いところ。
人柄ともども、その辺のことについて調べるために、影矛である自分は遣わされた。
ホランの長々とした説明を聞き終えて、わたしは率直な感想を口にした。
「あきれた! 皇族めんどうくさい!」
ハウエイさんはやれやれと首をふる。「まぁ、どこの国も天辺にいるヤツなんて、だいたいがそんなもんだよ。おおかた『皇位が欲しいか? ならば己が才覚とチカラにて奪い取れ。与えられただけの玉座になんの意味があろうか』とか考えて、『みんなオレさまの手の平で踊るがいいわ。あー、帝王なオレさまって超カッコイイ』と独り悦に浸っているのさ」と肩をすくませた。
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