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036 淑女教育
しおりを挟むおっちらおっちら続く退屈な馬車の旅。
中央へと近づくほどに街道も整備され、馬車のガタガタがずいぶんと収まってきた。
おかげでお尻は快適になったものの、それ以外が問題が山積みにてまるでダメ。
問題その一。
タカツキの街を出立以降。
立ち寄る先々にて歓待を受けるも、笑顔の裏には「おこぼれにあずかろう」「これをきっかけに中央との繋がりを」「こねコネ人脈ぅ!」などという魂胆が見え隠れ。
お子ちゃまのわたしが気づいたぐらいだから、使節団の大人たちもとっくに気がついている。わかっていて平然ともてなされているし、袖の下なんかも受け取っている。
カルタさんによれば、中央から地方へと派遣される使節団には、もとからこういう側面があるらしい。古くからの慣習といえば聞こえはいいが、ようは政治の腐敗である。
歩くほどに肥え太るんだもの。ウハウハにて、そりゃあ行列の歩みも遅々となるよね。
でもつきあわされるわたしは、すっかりゲンナリしています。
問題その二。
ことあるごとにすり寄ってくる連中。使節団内にいる第一妃と第二妃の派閥の意向を受けた者たち。これがたいそう気持ち悪い。
代表のガラムトは双方の顔色をうかがう中立の立場ゆえに、ビクビクするばかりにてまるで頼りにならない。ホランは基本武人なので切ったはった以外は不向き。
唯一、お世話役の女官であるカルタさんが防壁の役割を果たし、ある程度いなしてくれてはいるものの、それでも大人たちかがネコナデ声でごろにゃんしてくる姿は、やっぱり気色悪い。
問題その三。
せっかく大きな街や都に立ち寄っても、剣の母であるわたしは、馬車と宿泊する施設に閉じ込められたまま。
保安上の観点からとの理由にて警戒厳重。
移動中の車内から、窓幕をめくってチラっと外をのぞくことも許されない。
扱いは丁重にて上等だが、まるで虜囚のような状況にイラ立ちが募る一方。
問題その四。
そんな状況下にて施される淑女教育なるものが、よりいっそうわたしの神経を逆なでしている。
聖都にて宮廷にのぼり、皇(スメラギ)さまをはじめとする高貴な方々と接する際に、失礼なきようにとの配慮。
はっきり言って、ありがた迷惑。
自分でいうのもなんだけど、半野生のサルに急に敬語をしゃべれというのはムリがあると思うの。
「やんごとなき」とか「えらい」とか「尊い敬え」とか、いくらそれっぽい言葉を並べられても、いまいちピンとこないんだもの。
では、どうしてピンとこないのか?
これにはちゃんとした理由があるのだ。
◇
わたしの生まれ育ったポポの里。
じつは近年、里に貴族らしいお貴族さまが来訪した履歴がさっぱり。
さかのぼること四代前にてようやく。
それすらもが、領主の遣いで一方的に年貢の加増を告げにきた、小役人な木っ端貴族。
なおその小役人は、当時の里人らから袋叩きにあって、ほうほうのていにて逃げ帰ったそうな。
ふつうであれば、ここで逆上した領主が「けしからん!」と激怒。兵を動かすところ。
しかしそうはならなかった。
この領主、まだ若く、父親である先代から跡目を継いだばかり。いわゆる未熟な若輩者にて、聖都の貴族院にて高等教育を受けたものの、頭でっかちで現場のことが何もわかっていなかった。
小役人から報告を受けた領主。若いゆえにあなどられたと顔を真っ赤にして、自ら兵を率いてポポの里に乗り込み、「いい機会だ。みせしめにして、我が威を領民たちに広く示してやろう」とか考えたものの、父親に見咎められてこっぴどく叱られた。
「ばかもの! 辺境の民をあなどるとはなんたることか! ましてやケンカを売るとか、おまえは死にたいのか?」
ひと口に辺境の民といっても、いろいろ。
富めるところもあれば、貧しいところもある。
ポポの里は、神聖ユモ国内の辺境でも屈指のすみっこ暮らし。
他のところの連中をして、「どうしてあんなところに住んでいるの?」と首をかしげるほどの、すみっこ暮らし。知名度に関しては無いに等しい。
受けられる教育課程は読み書き計算などの基礎のみにて、中央の情報にはめっぽう疎く、人と物の交流が乏しい。
ほとんど流刑のような環境下にて逞しく生きる者たち。
厳しい自然、ヤバい禍獣、降りかかるは数多の不条理……。それらの試練をくぐり抜けて、土地を切り開き生活基盤を整えてきた。
連綿と受け継がれるは、開拓魂と挑戦し続ける姿勢のみにあらず。
その精神、肉体、ともに不撓不屈にて鋼のごとし。
けっして満ち足りることのない状況にて、自らを品種改良し、代を重ねてきた生き物。
それが辺境の民の正体。
その本質は訓練所にて鍛えあげられた戦士よりも、ある意味ヤバい。
里での生活は常在戦場が日常風景に落とし込まれたようなもの。
少なくとも都会でぬくぬく育った坊ちゃんが、逆立ちしたってかなうような相手ではないことだけは確か。
「どうしてもポポの里を攻めるというのならば、いますぐワシはお前と縁を切って屋敷を出る! せっかくこれまでコツコツがんばってきたのに、バラバラにされて畑にまかれる最期なんぞ、絶対にイヤだ!」
先代の父親による怒りと涙ながらの訴え。
これを前にして現領主の息子は顔面蒼白。あやうく自ら破滅へと通じる奈落へと飛び込むところであった。
重々理解した現領主。あっさり矛を収める。しれっと「ごめーん。うっかりまちがえて使者を送っちゃった。年貢の加増じゃなくって、本当は軽減だったんだよ」と前言撤回。ことなきをえた。
以来、よほど懲りたのか、貴族っぽい生き物は誰もポポの里に寄りつきやしない。
通達はすべて最寄りのタカツキの街の街長経由にて届くようになる。
ウワサでは領主家の家訓として、「あそこには手を出すな」という教えがひそかに伝わっているとかいないとか。
◇
旅の不満をぶちまけついでに、理路整然と自身を取り巻く事情を説明する。
「ちっとも礼儀作法や言葉遣いがあらたまらないのは、自分のせいではない。すべては環境が悪いのだ」
だからわたしは悪くないとの主張。
が、むんずと頭部をわしづかみにされて黙らされた。
頭皮にめり込む五指。ミシミシ頭蓋骨を締めつけるのはカルタさん。見た目こそはナヨっとした艶やかな女官だが、影盾として皇(スメラギ)の身辺にはべっているのは伊達ではない。けっこうな握力にて、ぶっちゃけ超痛い。
にっこり笑顔にてカルタさんはおっしゃった。
「お願いだからチヨコちゃん。もう少しマジメにやってちょうだい。でないとお姉さんの首が跳びかねないから」
どえらい人の前で、剣の母であるわたしがやらかせば、責任問題が生じる。
でも当人を処罰するわけにはいかないので、必然的にお世話役の職務怠慢ということに。立場上のクビだけですめばいいが、最悪、物理的にもクビにされかねない。
四十まで勤めあげれば、貴族籍が与えられ、領地をもらえて、ウハウハな第二の人生がまっているという影のお仕事。
自分の明るい未来がかかっているから、カルタさんは必死。
顔は笑っているけれども、目がちっとも笑っちゃいないよ!
なおこの一件を経て、わたしの淑女教育がいっそうの苛烈さを極めたのは言うまでもない。
ひーん。
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