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044 見えない敵
しおりを挟む己の内よりじわじわとわいてくる見えない敵。
寄せては返す波のように、容赦なく我が身を攻め立てる。
凶悪無比な波状攻撃。
劣勢につぐ劣勢の中、ひたすら孤軍奮闘。
なんどもくじけそうになった。だって、若干十一歳の女の子ですもの。
そのたびに脳裏をよぎったのは、遠い故郷に残してきた愛妹カノンのこと。
負けちゃいけない! お姉ちゃんは、いつなん時とて、愛妹の立派な姉でありつづける義務があるのだから。
超絶かわいい最強の妹。
その姉もまた最強であらねばならないのだ!
だが敵もさるもの。馬車の揺れを利用し緩急をつけることを覚えてからは、攻め手がいっそうイヤらしくなる。
くっ、なんという姑息な手を……。この卑怯者めっ。
へへへ、油汗がみょうに浮かびやがる。視界がかすむ。意識も朦朧となり、下半身の感覚が薄れてきやがった。こいつはまいったね。つま先が小刻みに震えやがるぜ。
正直、もうダメかもしれないと諦めかけた。
そんなときさ。
思わぬ援軍があらわれたのは。
光あふれるお花畑の向こうから、「おーい」と手をふるのは懐かしい老人の姿。
誰あろう、それこそがわたしの父方の祖父キヨスケ。辺境で生きる孫娘に数多の知恵と、農業の技術を伝授してくれた尊敬する師。
生前の祖父はつねづね言っていた。
「なに? 道具がないじゃと。道具がなければ手で掘れ、手で」
あの頃わたしは若かった。
疑うということを知らぬ無垢な魂に、短い手足が生えたような愛くるしい幼女。
祖父の言葉を信じて、雨の日も風の日も雪の日も大地が凍える日も、一心不乱に畑を素手で掘り続けた。
誤解なきよう先に言っておく。
けっして友だちがいなかったわけじゃない。
ただわたしが同窓たちよりも、ほんのちょっぴり早熟だったのがいけないの。
まぁ、そんなわけでひたすら固い土を掘っていたら、いつの間にか幻の左と、いかなる菊門をも貫く右の手刀を身につけていた。
光の園でひさしぶりに再開した祖父キヨスケ。
ビシっと親指を立てて「何ごともあきらめたらそこでしまいじゃ。負けるなチヨコ、けっぱれ!」
その声に励まされ、おおいに持ち直したわたし。
股間をもじもじ。
「尿意なんかに負けるもんか」
ぎりぎりと歯を食いしばり、己が内に潜む敵からの攻撃に抗い続ける。
いまこそ限界を超えろっ、わたしのぼうこう!
◇
剣の母の窮地に立ち上がった戦士が他にもいた。
勇者のつるぎミヤビである。
見えない敵との闘いに悶える母のもとから、こっそり抜け出し向かったのは、馬車を牽引する四頭のウマたちのところ。
つい触ってみたくなるピンと立った愛らしい耳元で、ミヤビはドスの効いた声でささやく。
「静かに、揺らさず、だが可能なかぎり急ぎなさい。さもなくばおまえたちは今日、大事なモノを失う。そして明日からは女の子として生きていくことになりますわ」
ヒヒンと悲鳴にも似た声を発したウマたち。
御者の命令を無視し、すかさず速度をあげた。
これにあわてた御者、手綱を操りなんとか従えようとするも、いつもは素直なウマたちがまるで言うことを聞いてくれない。
だというのに、かつてないほど滑らかに動く馬車。
それもそのはず。四頭のウマたちの足の動きがピタリとそろっており、まるで軍隊の行軍のように整然としていたからである。
寸分たがわぬ歩調、歩幅、呼吸にて十六の足が大地にてひとつの歩みを刻み続ける。
パカラパカラと完璧に重なる足踏み音。
生み出される軌道は馬車を操る者が理想とするものであり、人馬一体とならぬ限りはけっして到達しえぬ奇跡。
それを目の当たりして、御者は自身の瞳からあふれでる感涙を止めることができなかった。
◇
急に馬車が速度をあげたことにより、前後左右を囲んでいた面々もつられて足を速める。
あわてて他の連中もこれに倣い、使節団全体の移動速度そのものが加速。
ゆったりのんびり歩くのが信条のような行列が、ここにきてそれを破る。
なのに誰も文句を言わなかった。
なんだかんだで、みな住み慣れた聖都が懐かしかったのである。「あー、だるい」「早く帰って一杯やりてえ」「子どもに会いたい」「家でゆっくりしたい」などという気持ちも少なからずあったのかもしれない。
サクランの花吹雪の下をかつてない速度で疾走する使節団。
でも、おかげでわたしは助かった。
辛くも死闘を制し、難敵に勝利する。
かくして乙女と姉の沽券は守られたのであった。
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