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043 聖都
しおりを挟む剣の母にして、紅風旅団の新首領となったわたし。
見つかったらたいへんなので、とりあえず団員たちを先に逃がす。
それからシレっと流れ橋のたもとへと向かった。
野次馬たちの人垣を超えた先には、すっかりズブ濡れとなった使節団の面々。
水陸両用にてこの度の危難に際していかんなく実力を発揮した四頭立ての馬車。そばには馴染みの無事な姿もあり、ひと安心。
「ぶぇっくしょん」
びちゃびちゃになっている使節団の代表ガラムトが、大きなクシャミ。ぷにぷにした頬の肉が揺れて、景気よく飛沫が宙を舞う。
それをサッと避けたのは、近くにいたカルタさんとホラン。
こちらの二人はちっとも濡れていない。
おそらくは混乱の最中に馬車へと乗り込み、転覆する船から脱出したのであろう。
「無事でなにより」わたしが声をかけたら「チヨコちゃんこそ」とカルタさんは笑みを浮かべ、「おまえなぁ」とホランはちょっとあきれ顔。
一人で勝手に沈没船から逃げ出したことへの反応なのだろうが、あれは緊急事態につきやむをえない行動。
よってなんら非難されるいわれはない。
そう、避難なだけにね。
なんつって、ぷーくすくす。
小粋な戯言によりほどよく場がまったり温まったところで、ガラムトに確認すると、あれほどの襲撃にあったというのに、奇跡的に死傷者はなし。
攻守ともに船上ではけっこう激しく殺り合っていた。ケガ人の一人や二人、もしくは溺れるなり、流されるなりしているものと思っていたのに、存外しぶとい。
軍人らや官吏の男たちはともかく、ひらひらの衣装を身につけている女官や、商売道具を抱えている楽師らも全員無事とか、これってちょっとスゴクない?
フム。てっきりダメな大人たちの集まりだとばかり考えていたけれども、これは使節団への認識をあらためる必要があるのかもしれないね。
◇
ヨトの河での襲撃以降、聖都へ向かう旅は順調そのもの。
なにせここから先は国の管轄下。流れ橋の向こう、ポポの里がある東部域の自己責任地帯とは事情がちがうもの。手厚い加護もあってか、あれ以来、不穏な影はすっかり鳴りを潜めている。
◇
万年雪と氷に包まれた北の天険ユンコイ山脈。
これに背を預けるようにして鎮座しているのが、巨大な扇を逆さまに広げたような形の都。
神聖ユモ国の頂点に君臨する皇(スメラギ)が住まう地・聖都。
前面には超大なピ湖が静かに横たわり、水の青さが、湖面に映る空の青さとあいまって、より鮮やかな蒼さをたたえている。
広大な湖面を多くの船が往来しているけれども、それらがまるで小さな虫のようにしか見えないことにわたしは驚きつつ、なおいっそう目がクギづけとなったのは別のこと。
「うそ……。サクランの木があんなにたくさん」
咲き乱れるのは無数の薄い桃色の六枚花。
神聖ユモ国の紋章にも使われており、この国を代表する植物。
聖なる木にて、そのニオイは邪気を払い災いをなす禍獣をも退けるという。
朝摘みの花びらを集めて精製された香水はとっても高価にて、女たちの憧れの逸品。枝や幹を用いた香木もまたとんでもない金額で取引されている。
効能もさることながら、市場価値がとにかくえぐい。
そんなものがピ湖の西岸を埋め尽くしているのだから、驚くなという方がムリというもの。
ちなみにポポの里近辺にサクランの木は生えていない。
タカツキの街に一本、ひょろっちいのがあるだけだ。ウワサでは領主の屋敷の庭にも三本ばかし、なよっとしたのがあるとかないとか。
幹太く、枝も雄々しくたくましい。
うっとりするほどムキムキの立派なサクランの木々。
そんなシロモノが数百どころか数千本、ずらりと並ぶ西湖岸の並木道。
幻想郷と見まがう桃色世界へと、ゆっくりと足を踏み入れた使節団の一行。
ここを通れるのはやんごとなき身分の者のみ。
カルタさんから説明を受けて、わたしは二度びっくり!
なお庶民どもは渡し船を利用するか、湖の東側を回るそうな。
「なんてこったい! けっこう年貢でぼったくられているのかと思い込んでいたけれども、うちの里の出す分より、そこいらに落ちている花びらを拾って集めた方が、ずっと稼げるよ!」
サクランの花は染料になる。これで仕上げた着物は花の色味を帯びて、ほんのり香るんだとか。特に上物になると反物一本で同量の黄金と交換されるんだとか。
庶民の間では花びらを乾燥し詰めたニオイ袋もとっても人気。女の子ならば一つは欲しい憧れのオシャレ小物。
これらを作って売りさばけば、きっとウハウハ。
えっ、とっくに皇族の直轄事業として独占している? チッ、さいですか。ちなみに花の窃盗は重罪。花びら一枚くすねただけで鞭打ち十回とは、血も涙もありやしない。
……にしても、まいったね。
絶対権力者のお膝元である聖都をほんのり彩るサクランの桃色。
ポポの里から聖都を目指す旅の途中、ちょくちょく突きつけられていた身分と格差が、ここにきてより明確化。
何もかもがあまりにもちがいすぎる。
圧倒的すぎるよ。
国ってこんなにもスゴかったんだ。
そしてそんなバケモノを統べる皇っていったい……。
まだまだ聖都の入り口だというのに、その凄まじい影響力と経済力、権威を見せつけられて、わたしはぶるるとおののく。
「カルタさん、わたし、これからはちゃんと淑女教育に身を入れようと思う」
きりりとマジメな顔をして決意も新たにしつつ、「あと、おしっこ行きたい」
やる気を見せた生徒。
しかし先生は悲しそうな表情を見せて、首を横にふりふり。
「その言葉、もっと早くに聞きたかったわ」
すでに手遅れだから、「とりあえずえらい人と会う時には、許可が出るまでずっと黙ってうつむいていろ」とだけ言われた。それから厠はサクランの並木道を抜けた先まで行かないとないとの回答。つまりおっちらおっちら使節団が、湖沿いに向こう岸までたどり着くまでは用が足せない。
「その辺の草むらでちゃっちゃとすませるから!」
涙ながらのわたしの懇願には「ダメ。ここって皇さまの直轄地だから」とカルタさん、にべもない。
すると見かねたホラン。「どうやら困ってるようだな、嬢ちゃん。だったらこいつを使うといいぜ」と空になった自身の水筒を差し出す。
したり顔のホラン。彼に悪意がないことはわかっている。こいつはこういう男。
けれどもわかっているからとて許せるわけではない。
わたしは手渡された水筒を、すかさず彼の顔面めがけて投げ返さずにはいられなかった。
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