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月芝

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048 商公女

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 もらった品を「いらない」と突き返すのは、貴人にとっては最大級の侮辱になる。
 刃傷沙汰にてケリがつけばおんの字。
 多くの場合、深い遺恨を残し、子々孫々にまで祟る。

 淑女教育の先生でお世話役のカルタさんから、わたしはそう教わった。
 大量の贈与品。
 迎賓館にいる女官たちにおすそ分けしたものの、ちっとも減りやしない。それどころか滞在直後から、じりじり増え続けてさえいる。冗談抜きで迎賓館が物置状態になりつつある。
 どうしてそのような珍現象が起こっているのか?
 それは第一妃と第二妃の双方が、引くに引けない状況に陥っているから。
 どちらが最初にこの贈り物作戦を思いついたのかは定かではないが、やり出したらやり出したで、今度は完全に辞め時を見失ってしまっている。
 この二人はとっても意地っ張り。「相手より先に自分が折れる」なんてことは絶対にイヤ!
 おかげでわたしは毎日毎日、贈られてくる品を受け取り、これを開封選別する苦行を強いられている。
 しかも高価な品ばかりだから、気はつかうし、粗略に扱えないし、保管場所や方法もいちいち頭を悩まさねばならない。
 だから、とってもシンドイ。
 そうそう。作業中にこんなことがあったよ。
 さる著名な陶芸家の作品だという花活け。うっかりツルっと手をすべらせて落としそうになる。床にぶつかる直前、言葉にならない悲鳴をあげ、ホランが身をていしてかばってくれたからよかったものの、危うく準国宝級の品を木っ端みじんにするところであった。
 あれはマジで心臓が止まるかと思った。
 それは周囲にいた女官たちや、カルタさんも同様。
 ハラハラどきどきのしっぱなしにつき、全員がげんなり。
 わたしの胃もきりきり。

 なのに肝心の皇(スメラギ)さまとの謁見予定は、さっぱり立っていない。
 カルタさんによれば、「何かといそがしい御方ゆえに、すぐにというわけにはいかない。職務との調整もあるし、手続きや吉日選びなど、いろいろと踏む手順がある」とのこと。
 だから「やぁ、いらっしゃい」と気安く迎えるわけにはいかないらしい。
 やれやれ。
 やんごとなき身分ってのは、本当にめんどうくさいね。

  ◇

 迎賓館に滞在すること、七日目。朝からもっさり雲がお空にびっちり。
 客が訪ねてきた。
 上等な着物姿にて恰幅のいい福々したおっさんだけど、まるで知らないおっさん。
 誰かとおもえば商業地帯であるタモロ地区にて、大店の店主らで構成されている商工組合の会長さんとのこと。いわゆる経済界の重鎮である。

「そんな方がわたしにいったい何の御用?」

 首をかしげていたら、相手からめっちゃ感謝されてしまった。それも頬づりせんばかりの勢いにて。
 フム。まるで身に覚えがない。
 困惑していると会長さんが口にしたのは、ここのところの聖都経済の活性化について。
 ざっくりと説明してもらったとこによると以下のようになる。

 剣の母チヨコさまが聖都を来訪。
 すかさず第一妃と第二妃が贈り物作戦を開始。
 せっせと貢ぐ。
 貢いで貢いで貢ぎまくる。
 そのうちに当初の目的を忘れて、互いに競うようになる。
 数を競い、質を競い、価値を競い、じきに何でもかんでも競うようになる。
 おかげでタモロ地区の大店には昼夜を問わず連日注文が殺到。しかも金に糸目をつけない大盤振る舞い。
 商店主たちウハウハ。
 お店が繁盛して給金が増える従業員たちもウハウハ。
 懐が潤った従業員たちによって消費が増えて近隣もウハウハ。
 巡りめぐってタモロ地区全体が大にぎわい。その恩恵は津々浦々にまで及ぶ。

「かつてない好景気にて、すべては『商公女さま』のおかげ。我ら一同、それはもう感謝しております」

 もみ手でへこへこ、ホクホク顔の会長さん。「今後ともごひいきに。何がご用命があればいつでも馳せ参じますので」と、荷車一杯の感謝の気持ちを置いていった。

  ◇

「よもや巷ではそんなことになっていたとはね」

 商公女の称号が、いつの間にか生えていた!
 ちなみに公女ってのは、いいとこのお嬢さんって意味なんだってさ。
 ただの田舎娘なのに、これじゃあ経歴詐称だよ!
 勝手に増え続ける宝物を前に、わたしはしばし呆然。

「富ってのは、こうやって増えていくのか」
 消え入りそうな声でつぶやいたのはホラン。「ははは。働くのって、人生って、何なんだろう」

 幼少期に過去を捨て、国営の怪しい秘密機関にて厳しい修行を経て、現在の職についた影矛の男。最寄りの壁に額をコツンコツンとぶつけて、独り言を始める。
 悩めるホランは思考の迷宮へと足を踏み入れた。

「とはいえ、このままだとさすがにマズかも」
 柳眉を寄せて心配するのはカルタさん。「いまはまだいいわよ。でも結果的に、ここで物とお金の流れが完全に止まっていることになる。これはちょっと……」

 現状は、二人の妃からじゃぶじゃぶ市井に垂れ流されている大金が、姿を変えてわたしというため池に、どんどん投棄されているようなもの。
 しかし全体が循環してこその景気。富の一極集中は弊害にしかならない。
 流れない水は濁って腐る。せき止めているような状態は、いずれ面倒ごとを招く可能性が非常に高い。
 富の量が必ずしも幸福へと繋がるわけじゃない。ときには同等量以上の不幸を招く。
 ならば入った分だけ吐き出せればいいのだけれども、辺境育ちの若干十一歳の小娘に思いつける浪費なんて、たかだか知れている。
 下手をするとそれすらもが、あらたな富を呼び込みかねない。
 だってお金はとっても寂しがり屋さん。イキがっている若人と同じで、群れてつるむのが大好き。

 さて困った。どうしよう……。

  ◇

 うんうん頭を悩まさせていたところに、新たなお客さま。
 女官に案内されて、おずおずと姿を見せたのは三人組。紅風旅団の団員であるアズキ、キナコ、マロン。伝書羽渡の手紙がちゃんと届いたようでなにより。
 かつて使節団を襲撃した女賊たち。
 あの時は黒装束と覆面姿にて正体を隠していた。
 とはいえ、面と向かえば気配やら姿形なんかでおのずとわかってしまうもの。ましてやそれが、武芸をがっつり修めた影矛や影盾ならばなおのこと。
 ひと目見るなりホランとカルタさんが「なっ、おまえたちは!」「どうしてここに」と声を荒げるも、わたしが間に入って「まぁまぁ」

「いろいろ事情があってね。いまはわたしのお友だちなの。あー、ほら。ホランさんもそんなにいきり立たない。とにかくいったん剣の柄から手を放して。カルタさんもあんまり眉間にシワを寄せないの。ちゃんと説明するから」


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