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052 咲けない花
しおりを挟む聖都滞在二十一日目。本日は晴れ。
先日からだらだらと降り続いていた年寄りのアレみたいな雨は、明け方近くになってようやくやんだ。
雲間からのびた斜光が水たまりを照らし、雨のニオイが残る世界を輝かせる。
昨日は一日中迎賓館にこもっていたので、今朝は勇者のつるぎミヤビに乗って、敷地内を適当にぶらぶら飛んで流す。
本当はギューンと舞い上がって、空から聖都を高みの見物としゃれこみたかった。
けれども「それはやめたほうがいい」とホランからクギをさされている。
なんでも、一見すると無防備にみえる聖都上空。
じつはそこかしこにて厳しい監視の目がギラギラ。何かあれば即座に射手による矢か、魔術師の放つ魔法の餌食になるそうな。
配置されている射手はみな達人級の腕前。
なんと! 五百トト(約五百メートルぐらい)先にて、ちょろちょろ動き回るネズミを一発で仕留めるほどに必中なんだとか。
魔術師の魔法の方は、伝書羽渡の強化版みたいなのらしい。
大きいのバサーッときてクェーッと殺ったり、小さいのが大群でバサーッときて、よってたかって小突き回して殺ったり。
フム。話を聞くだにおっかないね。
なので、わたしとミヤビはおとなしく低空飛行にて運動不足を解消中。
白銀の大剣に乗って宙を移動するのは、体幹と内ふとももに効果あり。おかげでぜいたくな食生活ながらも、腰はくびれ、腹筋はうっすらと割れ、お尻もキュッとぷるるん。
下半身が強化されたことにより、幻の左の威力と鋭さも格段に増した。
この分では右の手刀も貫通力があがっているかもしれない。いまならば切っ先が菊門そのものを粉砕し、内臓奥深くにまで届く絶技が発動するやもしれん。
「うーん。さすがにそれはちょっと気持ち悪いなぁ」
頭に浮かべた地獄絵図に、わたしは顔をしかめた。
◇
迎賓館の敷地内をぐるぐる適当に飛び回っていたら、ホランとカルタさんがあわてた様子にて近づいてくる。
わたしは思わず頬をポッ。ホランから目をそらさずにはいられない。
だって、ついさっきあんな妄想を抱いた相手なんだもの。
わたしの態度に怪訝な表情を浮かべるホラン。「なんだ?」
が、それどころではないと言わんばかりのカルタさん。
「たいへん、たいへんなの。さっき宮廷から使いがきて、急遽、謁見をとり行うことになったから、すぐに来いって」
散々にもったいぶって待たせた挙句に、こちらの都合はおかまいなし。
これが絶対権力者の横暴というやつなのか?
でも、そんな無法無体を通せるのもまた絶対権力者という存在。
下々は唯々諾々と王者の気まぐれに従うしかない。
そんなわけで、わたしの身柄はカルタさんにひょいと抱きかかえられた。
拉致されて向かうのは浴場。
「時間がないの。まずはお風呂で全身を清める。その後におめかしをするから」
簡単な説明を受けながら、わたしは衣を引っぺがされ、すっぽんぽんでお湯の中にドボン。
待ちかまえていた女官らによってわちゃわちゃされ、ごしごし洗われる手ぬぐいの気分をしこたま味わう。
お風呂上り。ぐったりなったところで、今度は大きな鏡台の前に移動。
こちらでも待ちかまえていた女官らの手により、髪やらお化粧やらを整えられる。
で、その次は豪奢な衣装を身にまとう。
サクランの花染めの着物は、肌触りがつるんつるん。とっても軽く、重みがほとんど感じられない。袖や裾がとにかく長くてひらひらしている。
「こんなのを着てどうやって動くの?」
カルタさんにたずねれば「気合で引きずるのよ」とこともなげに言われた。
超高価な衣が痛むのもおかまいなし。
なお引きずられる衣の値段は、ミズロ白銀貨うん十枚分に相当。
滋養強壮の薬材となるシロザルの銅禍獣のナニ。その買い取り価格がミズリ青銅貨五枚。
ミズリ青銅貨十枚でミズル銀貨となり、ミズル銀貨十枚でミズレ金貨となり、ミズレ金貨十枚でミズロ白銀貨となる。
つまりミズロ白銀貨一枚で、ミズリ青銅貨千枚分。
この衣装をシロザルのナニに換算すると軽く千越え。広間を埋め尽くすほどビンビンがいっぱいっ!
想像してわたしはクラリ、軽いめまいを覚える。
いっそのこと、そのまま倒れてしまいたかった。
けれども事態がそれを許してくれない。
皇(スメラギ)の御前に出るのにふさわしい格好をさせられたところで、白銀のスコップ状になった勇者のつるぎミヤビを懐にねじ込み、迎えの馬車に放り込まれる。
通常ならば半日近くかかる高貴な女人の支度を、わずかな時間で完遂した女官たち。やり遂げた感漂う彼女たちの誇らしげな笑顔に見送られて、いざ宮廷へ。
いっしょに馬車に乗り込み、わたしの両脇をがっちり固めているホランとカルタさん。
「いいか、嬢ちゃん。上に行ったらイヤ味な態度やムカつくヤツもいるかもしれないが、いちいち相手にするな。まちがっても一発かまそうとか考えるなよ」
ポポの里からこっち、わたしと間近で接してきたホランから、ねちねち念を押される。
わたしの彼に対する評価の低さ同様、彼のわたしに対する信用度もかなり低いことが、ここに明らかとなった。
「いい? 教えたことを肝に銘じて! えらい人と会う時には、許可が出るまでずっと黙ってうつむいているのよ。どれだけおかしな光景を目にしても、くれぐれもツッコんだりしないように」
淑女教育の師でありお世話役でもあったカルタさんが、最後の復習をダメ弟子にこんこんと説く。
聖都に到着直後。
あれほどやる気をみせていた淑女教育も、ついに実を結ぶことはなかった。
どうやらわたしには植物を育てる才能はあっても、自身を花咲かせる才能はなかったらしい。
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