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月芝

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053 宮廷

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 迎賓館のあるカモロ地区から宮廷がある場所へと向かう間、馬車はとっても静かだった。
 ここまで揺れないのは初めて。道の整備が行き届いているという証。道ひとつとっても造りがまるでちがう。それだけこれから向かう場所が特別ということ。
 じきに馬車は、見上げる首がグキリとしそうな大門をくぐった。

 門の向こうにあったのは石畳の平地。
 まっ平にてとてつもなく広い。わたしの足だと端から端まで走ったとて、どれほどの時間がかかることか。数千、いや、数万単位の人間が一堂に会することも可能かもしれない。
 まるで世界から切り取られたかのよう。
 ここには何もない。
 何もないのだけれども、放置されているわけではない。葉っぱのひとつ、塵ひとつ見当たらないことから、定期的に清められていることは明白。
 手入れの行き届いた無の空間。
 この場所にどのような意味があるのかわたしにはわからない。わからないけれども、首のうしろがゾゾゾと粟立つのを止められない。
 そんな場所を奥へ奥へ。
 しゅくしゅくと馬車は進む。

 あまりにも外の世界から隔絶された空間。時間の感覚がおかしくなり、どれくらい馬車に揺られていたのか、わたしはじきにわからなくなる。
 ぼんやりしているうちに馬車が止まった。
 付き添いのホランとカルタさんから降りるように促される。
 言われるままに従うと、目の前にデデンと姿をあらわしたのは超長大な石の階段。
 段差はさほどでもないが、幅がとにかく長い。奥行とてわたしの身長ぐらいもある。だが何よりも数が多い!

「えーと、てっぺんがまるで見えないんですけど。もしかして今からこれを……」

 おそるおそるわたしがたずねたら、右隣に立つホランが無言でコクリ。「ちなみにミヤビの使用は?」との問いには首を横にふられた。
 宮中にて許可なく武器を抜くのは大罪なんだってさ!
 自分のひらひらの格好と山のごとくそそり立つ階段の威容を見比べ、もう一度「マジで?」ときいてみるも、今度は左隣に並ぶカルタさんが無言でコクリ。
 わたしはすかさず回れ右をし、逃亡をはかる。
 しかし逃げられない。
 非情にも馬車はとっくに帰路についており、足どり軽くパカポコはるか遠く。

 そして苦行の時間がはじまった。

  ◇

 男と女。
 大人と子ども。
 いろいろとちがうところがあるけれども、もっとも顕著なのが足の長さ。
 ふつうに歩いていても差がでるのに、階段ともなればなおさら。
 百段あたりまではよちよち自力でがんばったよ。けれどもついに焦れてホランが、ひょいとわたしの身を担ぐ。
 うなじに吐息。密着ドキドキおんぶでもなく、うれし恥ずかしトキメキお姫さま抱っこでもなく、いくら小柄で軽いとはいえ女人を無造作に肩に担ぐ。
 このあたりが、ホランのがっかり具合を如実に物語っている。
 わりと長身、影矛として鍛えられた肉体、黒髪に黒目で見た目はそこそこイケてる青年なのに、言動が微妙。内よりにじみでる残念成分が、男ぶりを下げている。あとちょっと汗くさい。
 なんぞとブツブツつぶやいていたら「黙ってろ。舌をかむぞ」と注意を受けた。

  ◇

 石畳の平地を一望できるほどのぼったところで、ようやく階段が終了。
 で、次にお目見えしたのが宮廷なのだが……。

 皇(スメラギ)さまの玉座があり、謁見の間や一族が住まう居住区がある中央の宮殿ナカノミヤ。
 向かって右にあるのが、二柱聖教の総本山であるウノミヤ。その後ろにある背の高い建造物が星拾いの塔。
 ウノミヤと相対する位置にあるのが、行政を司る役所関係が集まるサノミヤ。
 塔以外のすべての建物が朱色。
 屋根の瓦も柱も欄干も赤い。
 けれどもその赤は血の類を連想させる不吉なものではなくて、朝陽のごとき清廉さ、もしくは夕陽のごとき鮮烈さを合わせ持ち、いつまででも眺めていられる優美さを備えている。
 これら三つの宮が並んで建つ様は、まるで伝説の金禍獣「鳳凰」が首を垂らし、大きくツバサを広げて大地に休んでいる姿のよう。

 鳳凰の口から体内へと入るかのようにして、宮殿内部へ。
 現在お世話になっている迎賓館なんて比べものにならない高い天井、長い廊下は板張りにてピカピカに磨き込まれて黒光りしている。過度の調度品は飾られていないものの、活けられてある花ひとつとっても厳選されてあることは素人目にもわかる。
 ほのかに鼻先をかすめるのはサクランの香り。
 そこかしこにて香木が惜しげもなく焚かれており、内部には不浄が欠片も見当たらない。
 洗練され熟成された文化が結実した静寂の空間に、わたしは圧倒されっぱなし。
 あんぐりしているうちに、どこをどう歩いたものか。
 気がついたときには、何やらものものしい扉の前にいた。
 ここでようやくわたしはホランの肩から解放された。

「オレたちはここまでだ。嬢ちゃん、しっかりやれよ」とホラン。
「まっすぐに皇(スメラギ)さまの御前まで歩く。あとは膝をついてお祈りの姿勢にて、声をかけられるまで、じっとしていなさい」とはカルタさん。

 ホランにそっと背中を押され、わたしはトトトと歩み出す。
 その動きに合わせるように、大扉が内側へと開かれた。


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