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054 謁見
しおりを挟む謁見の間へと足を踏み入れた直後。
聞こえたのは「剣の母チヨコさま、おなーりー」との大音声。
奥にずずいっとのびた大広間にて、壁際にはたくさんの人の姿がある。肌の色や体格、顔かたち、服装もまちまち。おそらくは異国のお客さまたちなのだろう。国元から派遣されている大使とかいう人たちかな。みな華々しい格好にてとってもきらびやか。
一斉に向けられる好奇の視線に、わたしはあわててうつむいた。
足下を見れば落ち着いた色味の朱色の敷物。ずーっと先にまで伸びている。
金糸にて緻密な刺繍が施されており、踏むのがためらわれるような逸品。
それでも進まなければ始まらない。意を決して、わたしはそろりそろりと足を動かす。
クッ、やわらかい。実家の寝台よりもよっぽどふかふかしていやがる。そんな上等な敷物の上を歩くという行為。つのる罪悪感ときたら半端ない。庶民にとって、これはもはや立派な拷問。
「なんか、やってらんねーっ!」
叫び出したい衝動をグッとこらえ、カルタさんの言いつけどおりに、おずおずと歩き出したわたし。
その歩みに合わせて音楽が鳴り出した。
かつてポポの里に使節団が来訪したときに、楽師たちがピーヒャララと鳴らしていた、甲高くもか細く切ない、なんとも言えないあの音色。
おそらくは入場を告げるのと歓迎の意があったのだろう。
けれどもここで予想外の事態が発生する。
先にもくり返し述べてきたが、わたしは若干十一歳にて小柄な身。
いかに懸命に足を動かそうとも、その歩みはちと遅い。ましてやいまは着慣れないひらひらの衣装をまとっているから、さらに遅い。
トテトテトテ……。
いまだ皇(スメラギ)の御座は遠い。
楽師たち、見せ場を盛り上げようと懸命に演奏を続ける。
トテトテトテトテトテトテ……。
目指す御座はまだまだ先にて。
楽師たち、想定していたよりも演奏が長引くも、そこは腕と経験で補い場を繋ぐ。
トテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテ……。
まだまだつかない。歩調を速めたいのだが、足下のふわふわな敷物と衣装のひらひらがそれを拒む。
楽師たち、ここにきて入場曲を引き延ばすことをあきらめて、ちがう曲へと間髪入れずに移行。音が途切れることもなく、ごく自然の流れにて引き継いだのは指揮者の腕か?
トテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテ……。
ようやく目指す地が近づいてきた。あとちょっと。
でもわたしの息があがってきた。体力的な問題ではなくって、慣れない厳かな雰囲気が生み出す緊張が、心臓をドキドキさせて呼吸を乱すせい。あれ? なんだかうまく息ができないぞ。意識するほどに手足の動きがバラバラとなり、カラダ全体がギクシャク。
目に見えて乱れる歩調。どっと押し寄せる疲労感にて、鈍くなる動き。
楽師たち、こちらの動きにどうにか演奏の調子を合わせようとがんばるも、緩急不規則にておおいに戸惑いを隠せない。こうなると個々の技量の差が浮き彫りとなり、音程をはずす者がちらほら。
◇
謁見の間に集っている客たちが待ちくたびれて、ざわつく中。
わたしはようやく皇さまの御前に到着。ふぅふぅ。
ついたのと同時に音楽がやんだ。
演奏終了直後、笛を担当していた楽師が数名、過呼吸によって倒れ、近習たちに担がれ幕裏に消えた。
三段ばかり高くなっている壇上。
御簾によって仕切られた場所が、皇さまの御座。
神聖ユモ国で一番えらい人は、現人神(アラヒトガミ)扱い。
国教となっている二柱聖教。信奉する男老神コウボウと女神ガラシアより、直々にこの地を託されたと建国記にはあり、位置づけは第三柱とされている。
真偽のほどは定かではないが、とにもかくにも高貴の中でも特別高貴。
ゆえに、おいそれと人前に姿をさらすことはない。
御座を守るかのようにして二人の人物が左右に立つ。
向かって左にいるのは甲冑姿の大きな壮年の男性。茶色の髪をかりあげた頭にて、いかにも武人という佇まい。腰に同じ長さの直刀を二本差しており、どっしり大地に根をはる巨木を連想させる。ホランとは格がちがうのが一目瞭然。
右にいるのは上下がひと続きになった灰色の衣装をまとっている女性? いや男性か。腰までのびた銀の髪がきらきらしている。黄色い宝玉の乗った杖を持つ手の指先が細く白い。体つきや雰囲気からして、いかにも文官といった感じ。けれどもなぜだろう? わたしの目には抜き身の刃のように見える。
壇上に向かってわたしは両膝をつき、胸の前で腕を交差しお祈りの姿勢をとった。
カルタさんに教わったように、声をかけられるまでじっと待つ。
じっさいの待ち時間はたいしたことがなかったはず。それでもやたらと長く感じた。
声がかかるのを辛抱強く待っていると、チリンと小さな鈴の音がした。
「その方が剣の母チヨコであるか。遠路はるばる大儀である。天剣(アマノツルギ)をこれへ」
抑揚のない声は雪解け水のような冷たさ。
どうやら皇さまは、勇者のつるぎミヤビを披露せよと言っているらしい。けれども宮廷内では無闇に武器を抜いてはならないとホランさんが言っていた。
だからちらりと御前に控えている武人の方をみたら、彼が小さくうなづいたのを確認してから、わたしは懐より白銀のスコップをとり出す。
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