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064 皇女
しおりを挟む第一妃と第二妃の間で火花がばっちばち。双方の腰巾着同士もばっちばち。
挟まれたわたしとホランとカルタさんは戦々恐々。
このまま嵐が過ぎ去ってくれと心から切に願う。
が、そんなしようもないお願いを、神さまがいちいちとりあうわけもなく……。
「おや、そこにおるのは『剣の母』殿ではないかえ? 主上との謁見の折には挨拶をする暇がなかったが、今後ともよしなに」
いきなり第一妃シンシャから声をかけられ、わたしはあせあせ。「ははーっ」と頭を下げるばかり。
続けて第二妃メノウが言葉を発する。
「そういえば『剣の母』殿には、我らの贈り物はお気に召さなかったご様子。かえっていらぬ苦労をかけたみたいで、ずっと申し訳ないと思っていたのですよ」
やんわりした物言いながらも、もちろんこれは額面通りの意味ではない。
意訳すると「おうおう、とんだ恥をかかせてくれたなぁ」である。
まぁ、せっせと貢いだはしからポイポイ捨てられたら、そりゃあ誰だって怒るよね。
なんと答えたらいいのかわからないわたしは、ただただ縮こまるばかり。
すると唐突に「フフフ」と笑いだしたのは第一妃シンシャ。
「べつにいいのですよ。贈られた品をどう扱おうが、そなたの自由なのだから。それを贈った側がとやかく言うのは、ちと野暮というもの」
流し目にてチクリ。第二妃メノウをひと刺ししてから第一妃シンシャは言った。「むしろわらわは感心しましたよ。あれらを使って瞬く間に迎賓館付きの女官らを虜にするだけでなく、カモロ地区とシモロ地区をも掌握し、ついには大きな組織をも作り上げた、その並々ならぬ手腕に。たまたま神より役割を与えられただけの娘かと思いきや……。あぁ、これは困った。わらわは是が非でもそなたが欲しゅうなってしもうたわ」
ヘビが獲物を前にしてチロチロ舌なめずり。
おかしい。三すくみの法則ではヘビはナメクジを恐れるはずなのに。
あと第一妃、わたしのことをめっちゃ買いかぶっている!
誤解と偶然が雪だるま式に膨れ上がった結果、知らないところで自分の価値が跳ね上がっていたっ!
第一妃シンシャ、手にした黒い扇子を開けたり閉じたりしながら思案顔。
パチリパチンと不気味な音を立て「いっそのこと、うちの子の嫁に迎えるか。でも出自が不足か。あと見た目も地味ね。なら二番目あたりに据えるのが妥当か」などという、おそろしいことをブツブツ。いっそまわりくどい方法はやめて、がっつりとり込む算段を始める。
第二妃メノウまでもが目の色を変えて、こちらを凝視する始末。
ついでに双方のとりまき連中までもが一斉にこちらをジーッ。
ギラギラ脂ぎった欲望丸出しの視線。血走った瞳の奥では、わたしの利用価値を計算していることであろう。
面倒ごとをポイポイ投げ捨てていたら、その先にてべつの面倒ごとが大口を開けて待ちかまえていたよ。それもとびきり厄介なのが。
ヘビとカエルから狙われるナメクジならぬ小娘。
三すくみがまさかの挟撃に発展。
なんてこったい!
◇
やんごとなき大人たちに囲まれて、わたしはすっかりタジタジ。
そのまま連れ去られかねない剣呑な雰囲気。
うぅ、脱兎のごとく逃げ出したい。けれども背を向けたらダメだ。その瞬間にいっきに襲われる。飢えたケモノはそういうもの。
辺境のすみっこ暮らしで培った胆力にて、どうにか圧力をこらえているものの、どうしたらいいのかがわからない。
下手な言動をとれば、それを逆手にとられてきっとマズイことになる。
そんな窮地を救ってくれたのは、一人の妙齢のお嬢さん。
ふいにガチャリと音がして、激励の宴が催される会場へと通じる扉が開いた。
中から姿を見せたのは、サクランの花の精かと見まがう美しいご令嬢。
彼女が顔を見せただけで、場に漂っていたヘンな緊迫感がたちまち霧散。曇天が吹っ飛び快晴。よどんだ空気が消し飛び、すべてが浄化される。
危険と死が隣り合わせの赤い砂塵舞う乾いた荒野に、女神降臨!
「あら、シンシャさまにメノウさま。それにお兄さま方まで。このようなところで何を? すでに皆さまおそろいでお待ちかねですよ。さぁさぁ、積もる話は後になさって、お早く」
おそるべきは女神の浄化能力。
腹に大量の毒を持つ妃たちの表情をほぐし、互いに競い合っているであろう二人の皇子たちも肩のチカラをぬき、両派閥のえらい人たちも「これはしたり」と態度を改める。
清濁丸のみしちゃう圧倒的なまでの包容力。
白き光が黒き闇をギュツと握ってプチっとするような光景を、わたしは確かに見た!
女神は困った大人たちをさっさと会場内へと招き入れると、最後にこちらへ向かって片目をパチリとまばたかせる。
もしもわたしが男だったら、一発でズキュンと恋に落ちていたね。
それぐらいに愛らしい仕草。これがまた絵になっているからおそれいった。
そんなステキに無敵な女神の正体は、第一皇女イチカ。
病弱にてほとんど表に姿を見せないという第三妃キキョウの娘にして、母の美貌を存分に受け継いでいるという皇族唯一の姫君。
カルタさんより教えられて、わたしは思わず「もう彼女が次の皇(スメラギ)でいいんじゃないの」とつぶやかずにはいられない。
するとホランは心底残念そうに「やっぱり嬢ちゃんもそう思うよなぁ。でもダメなんだよ」とぼそり。
意味をがわらかずにわたしが首をかしげていると、カルタさんも心底残念そうに言った。
「神聖ユモ国の皇位は男系継承なのよ」と。
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