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069 勇者殺し
しおりを挟む生まれ変わったドルア。見た目はほぼ別人につき、イケてるデカい中年になった。
けれども、はたしてあの姿で帰って、老いたおふくろさんが家にあげてくれるだろうか?
「あんた誰だよ! うちの息子はそんな男前じゃない! こんな年寄りを騙してどうするつもりだ? おとといきやがれ、このとんちき野郎!」
「誤解だよ母ちゃん。俺だよ俺、ドルアだよ。頼むから落ちついてくれ。ちゃんと説明するから話を聞いてくれよ。とりあえず包丁はダメだって、あーっ」
などというやり取りにて、ひと悶着もふた悶着も起きる光景が目に浮かぶ。
まぁ、わたしの知ったことではないけど。しょせんは他所さまの家庭の問題。
経過観察のために医師たちへとドルアの身柄を預けて、わたしは自分の観覧席に戻ることにする。
高価な薬品を盛大に垂れ流したことについては、今後、実験と研究に付き合うことでどうにか手を打ってもらった。
◇
医務室を出て、闘技場内天井付近をミヤビにのってふよふよ飛んでいたら、下の客席から聞こえてきたのは……。
「あれが剣の母さまと天剣(アマノツルギ)か」「さっきの一撃はシビれたぜ」「オレもなんだかジンジンして指先がシビレ……」「グアンリーの野郎、調子に乗っていやがったからスカっとしたぜ」「ざまぁ」「さすがは商公女さま。ナムナム」「えっ、紅風旅団の首領じゃないのか?」「いやいや、彼女には勇者殺しの名こそがふさわしい」「ってか、そもそも勇者って何だよ。何をするんだよ」「さぁ?」「おとぎ話みたいに魔王を退治するとか」「肝心の魔王なんてどこにいるんだよ」「はて? 言われてみれば」
いくら世間は口さがないとはいえ、えらい言われよう。
うーむ。「剣の母」に「商公女」に「紅風旅団の団長」、これに加えて「勇者殺し」の称号まで生えてきたようだ。非公式な「禍獣の母」とさっき医師たちに言われた「魔改造の女」を加えれば、六つの称号持ち。この分ではもっと増えちゃうかもしれない。
◇
勢いでぶち破った超高価なガラス窓の大穴から、おそるおそる戻ったら特別観覧席にホランとカルタさんの姿はなかった。
かわりに居たのが八武仙のフェンホア。
「あれ? どうして」
たずねればフェンホアはにこりと微笑む。
「二人は例の件で少し席を外すことになってね。かわりに手の空いている私がここの警備を引き受けたのさ」
例の件とは、国内に入り込んで暗躍しているレイナン帝国の工作員たちを残らずとっ捕まえる作戦のこと。詳細は知らないけれども、今回の武闘会を利用して炙り出す算段になっているって、八武仙筆頭クムガンのおっちゃんが言っていた。
白銀の大剣からスコップへと変じたミヤビを懐に納め、わたしはイスに座る。
決勝戦はまだはじまらない。
どうやらグアンリーの応急処置に手間取っているらしい。
ちなみに対戦相手は紅顔の美少年であるコォン。先に会場入りをしており、槍を手に不動の姿勢にて、周囲からキャアキャア黄色い声援を浴びている。
決勝戦が終わればミヤビの出番。颯爽と舞台に登場して、己の持ち主にふさわしいかの審判を行い、武闘会は閉幕する流れとなっている。
なお結論は始まる前から決まっている。
優勝者が天剣を手にすることはない。
ミヤビがお気に召さないからだ。
よって今回の代理婚活は失敗。
あー、今後のことは何も考えていないけれども、これからどーすっかなぁ。個人的には一度帰郷して、愛妹カノン成分を補充したいところ。
ぽわぽわとわたしがそんなことを考えていたら、すぐ側に立つフェンホアが話しかけてきた。
「剣の母チヨコ殿は、どちらが勝つと思われますか」
「わたし? コォンかな。調子良さそうだし」
「我が不肖の弟子が勝ちますか……。まぁ、先ほどグアンリーは手痛いお灸を据えられたようですから、そうなりましょうか」
くつくつ控えめに笑ったフェンホア、「おや、そろそろ始まるようですよ」と言った。
その言葉の通りにて、石舞台上にて向かい合うコォンとグアンリー。
意気軒昂なコォンに対して、剣を杖代りに内股歩きのグアンリーはとっても顔色が悪く、油汗たらたらで立っているのもやっとといった感じ。
さて、ここで疑問に感じておられる方がいるかもしれないので、タネ明かしをひとつ。
つい先ほどまで、「特別観覧席から舞台が遠すぎて、ほとんど何も見えねえ!」とぶちぶち吠えていたというのに、今では顔色までわかるほどになっている。
このカラクリやいかに?
わたしは試行錯誤の末に、水の才芽を応用する遠見の術を編み出した。
が、これは集中力を酷使し、ものすごーく疲れる。
なにせ液体である水を成形し、これを維持するだなんて、どう考えても無茶が過ぎるからだ。完全に魔術師の領域にて、田舎娘にはいささか難易度が高すぎる。
結論から言えば失敗である。とても実用には耐えない。けれども一つの失敗は、新たな成功への架け橋となった。
ようは水があって、遠くが見えればいいわけで。「だったらこの愛らしい潤んだ瞳を使えばいいじゃない!」と気がついた。
で、試してみたらあっさり成功した。
女の武器の万能ぶりについては、かねてよりハウエイさんから聞かされていたが、よもやこれほどまでとは。
さすがは古来より最終兵器といわれるだけのことがある。
女の涙バンザイ。
おかげですっかり遠くがよく見えるようになったわたし。
目の乾燥も防止できて、いい感じ。
その姿に「ほぅ」と感心した様子のフェンホア。「おもしろいお嬢さんだ」と零した。
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