狐侍こんこんちき

月芝

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其の六 付喪神の兄弟 後編

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 闇にまぎれてつけてくる者がいることに気づいた春日部高綱。
 知らぬふりにてしばらく様子をみる。背後の相手の足運びから並みの遣い手ではないと悟り、その先の路地へさっと身を隠すと、すぐに手にしていた提灯の明かりを消した。
 壁際に寄り影溜まりに身を投じつつ、闇の底にて静かに抜いたのは妖刀血潮。
 息を殺し耳を澄ます。
 じょじょに近づいてくる足音。
 間隔が短い。どうやら見失ったと焦り小走りをしているようだ。
 春日部高綱はしめしめと舌なめずり。
 追いかけてくる輩を待ち伏せる。角を曲がってきたところを出会いがしらに突き殺さんと目論む。
 そうとは知らぬ相手の命は、もはや風前の灯火。
 けれどもそうはならなかった。
 とっさに襲われた側が身をよじって、春日部高綱の剣をかわしたのである。
 狙いすました一刀。よもやかわされるとは考えていなかった春日部高綱に、わずかながらに動揺が生じる。その隙に相手は大小を抜き、すかさず体勢を整えた。

 かくしてはじまった二天一流と小野派一刀流の戦い。
 白刃が閃き、剣戟が鳴り響く。
 気合いもろともに激しく攻めたてる春日部高綱。一見すると押しているようにみえて、その顔には次第に焦りの色が濃くなっている。それもそのはずだ。放つ必殺の刃、そのことごとくが山本宗吾の大小によって巧みに防がれるのだから。
 一方で山本宗吾にはわずかながらに余裕があった。
 なにせ二天一流はあまり世間に知られていない。ゆえに実際に対峙する機会は極めて稀。けれども遣い手の方は、他の流派と剣を交える機会にはこと欠かない。
 だから小野派一刀流が「切り落とし」などの技にて、後の先を得意とすることもわかっているので、山本宗吾は不用意に己から仕掛けたりはせず。じっと好機をうかがう。

 このままで埒が明かない。
 それどころかあまり長引けば、夜回りなんぞに嗅ぎつけられるやもしれぬ。
 いよいよ焦りが募る春日部高綱。そのとき手の中にある妖刀がドクンと脈打ち囁いた。

「なにを臆することがあろうか。おぬしには我が憑いておる。かまわぬ。おもいきり上段から振りかぶれ。叩き斬ってやろうぞ」

 その声に操られるようにして、刀を頭上高くに構えた春日部高綱。掛け声もろとも体からぶつかるようにして剣を振るう。
 袈裟懸けにせんと迫る凶刃。
 それをはっしと受け止めたのは山本宗吾。大小を重ねての十字受け。
 ぎちりぎちり、刀同士がぶつかり鳴いての鍔迫り合い。
 このままいっきに押し込まんとする春日部高綱。
 させじと山本宗吾が踏ん張る。
 もしもこれが真っ当な剣客同士の戦いであれば、頃合いをみて山本宗吾が春日部高綱の剣をいなして、脇差しにて懐を抉っていたはず。
 だがこのとき、春日部高綱の両目に妖しい光芒が宿り、急にその身が膨らんだ。ひょうしに圧力がぐんと増す。
 それでもなお耐えていられたのは、山本宗吾の鍛えあげた強靭な足腰があったればこそ。
 けれどもこのときおもわぬ不運が山本宗吾を襲う。

 ぴしり、不穏な音。

 兄弟刀、兄の伽耶一郎の身にひびが!
 これこそが山本宗吾と春日部高綱の勝敗を分けた、いまひとつのこと。
 いかに達人とて、得物が壊れてはいかんともしがたく。

「あ、兄者っ!」
「ぐっ、このままでは……次郎、せめてお前だけでも逃げろっ!」

 妖刀血潮が宿主である春日部高綱の喉を通じて「けらけら」と高笑い。
 狂った嬌声をあげながら伽耶一郎の刀身を砕き、もろとも山本宗吾の身を深々と斬り伏せる。
 弟次郎もあわや、ともに折られて果てるところであったのを、兄が身を呈してかばってくれた。
 斬られた際に、はずみで放り出された脇差し。
 目の前で主人と兄を一度に失った次郎は声にならない悲鳴をあげた。あまりのことに心が耐えかね、ここでいったん意識が途切れる。

 どれほど気を失っていたのかはわからない。
 目覚めると辺りにはすでに凶賊の姿はなく、残されてあったのは地面の血だまりばかり。

「兄者、兄者ーっ!」

 いくら呼ぼうとも返事はなし。
 子どもの姿となった次郎。絶望に打ちひしがれ、夜のしじまにひとり残された付喪神の嘆きが木霊する。

  ◇

「ぐすん……」

 子どもの姿をした伽耶次郎なる脇差しの付喪神。
 その口より語られる身の上話に涙を浮かべたのは、幽霊の母志乃。

「とっさに弟を庇うたぁ、やるじゃねえか。漢だな、伽耶一郎」

 感心し「へへっ」と鼻をすするのは、銅鑼。
 日頃はぶっきらぼうなくせして、案外、この手の人情話に弱かったりするでっぷり猫。
 でも藤士郎は「はぁ、そうくるのかい」と嘆息。
 ここにきてふたつがひとつに繋がった。
 たぶん昨日、お堀に浮かんでいた仏さんこそが、兄弟刀のご主人さまなのであろう。

「ところで次郎さん、つかぬことをたずねますけど、あなたのご主人さまは、いったいどこの御家中の方で?」
「あっ、はい。田沼さまです」
「…………。えーと、すまないね。悪いけどもう一度言ってくれるかな」
「ですから田沼さまですよ。ご老中の田沼意次さま」

 藤士郎の目が点となった。
 ご主人さまの仇討ちにして、無惨に手折られた兄刀の仇討ちでもあり、それを願うのは付喪神の弟刀。でもって討つべき相手は痴れ者なのだが、手にした妖刀こそが仇の本命だったりする。そして実際に仇討ちを実行するのは次郎ではなくて、次郎を手にした者となるから、それすなわち矢面に立たされるのは自分ということになるわけで……。
 ただでさえややこしい話。
 なのに、さらにとんでもない御方までもが絡んでくるだなんて。

「しかし、よりにもよって田沼の殿さまのところか。こいつはまいったなぁ」

 じつは個人的にもいささか因縁のある相手。
 藤士郎は頭を抱えずにはいられない。


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