104 / 483
其の百四 異類婚姻譚
しおりを挟む心助を連れて、つき合いのある親分方へと挨拶回りに勤しんでいたところ。
ずっと口数少なく辛気臭い顔をしている息子の様子に、父の儀三郎は気がついていた。その原因がどうやら五右衛門が口にした嫁入り話にあるということも薄々察していた。だがあえて知らぬふりをして、余計な口は挟まない。
なぜなら、心助が想いを寄せている相手があの小田原宿のところの末娘だからだ。
会津は磐梯山を根城にしている儀三郎の一家と、五右衛門の一家、べつに表立っての確執があるわけじゃない。しかしどうにも昔からそりが合わない。
片や剛毅さを前面に押し出した、漢気を信条としている集団。
片や江戸にもほど近く、しゃなりと洗練された立ち居振る舞いを信条としている集団。
それは海と山、漁師と狩人、武士と貴族のようなもの。
同じ猫又とはいえ、そのあり方、考え方が根本よりちがっている。
人に相性があるように、猫又もまたしかり。
まるで合わない家風の者同士。いっときの勢いでくっついたとて、いずれ綻びが出る。うまくいかないのに決まっている。ましてや相手は、あの可憐なしらたまだ。慣れぬ水でまいってしまうのが目に見えている。
真に相手に惚れているのならば、みすみすそんな苦労を背負わせるべきではない。
またそれを押してまでいっしょになりたいというのならば、声をあげ周囲を納得させるは当の心助のやるべきこと。
親が我が子可愛さに助け船を出すのはちがう。
だから儀三郎は何も言わず。
息子の出方をうかがっていたのだが……。
◇
江戸は深川の置屋、和田屋に預けていたしらたまがひさしぶりの里帰りにての、宴へと出席。
末っ子を溺愛している家族。当主の五右衛門はここぞとばかりに、しらたまを連れて自慢がてらの挨拶回りに勤しむ。
しらたまを目の中に入れても痛くないほどに可愛がっている五右衛門。当然ながらすぐに愛娘の元気がないことには気がついていた。
でも、それは突然の嫁入り話に驚いてのことかと考えていた。
よもや儀三郎のところの倅にたぶらかされていようとは夢にも思わない。
このへんのことについては男親よりも女親なのである。父親は自分の娘の色恋沙汰に関しては、あまり考えたくないもの。なので無意識のうちに頭の隅へと追いやっているのだ。
言葉少なめにて、しゅんとうつむきがちなしらたま。唯々諾々と従ってはいるものの、どこか気もそぞろ。心ここにあらずといった風。
これを「ひょっとしたら九坂さまとの婚儀、人間のところに嫁ぐのを不安に考えているのやも」と解釈した五右衛門。
とはいえ古来より異類婚姻譚は珍しいことではない。
竜蛇に嫁いだ黒姫伝説。手柄を立てた犬の嫁になった姫君の話。馬と相思相愛となり結ばれるおしらさまの話。旱魃(かんばつ)に困った百姓が河童に娘を差し出すことで難を逃れた話。田螺長者に蛇女房、蛤、鶴、亀、魚、狐、狸、鼬、鼠などの動物から、はては雪女に木霊、山姥、鬼、蜘蛛どころか天女まで。
世間ではやたらと破綻した話ばかりが取り沙汰されているが、実際には幸せに添い遂げる者らがほとんど。産まれた子は傑物として育ち、それこそ歴史に名を残すこともしばしばなのを知らぬは、じつは人間ばかりなり。
そして五右衛門は直に狐侍を目にし、言葉を交わしたことで確信する。
「あぁ、この御方ならば何があっても、たとえ日の本中が敵に回ったとしても、きっとうちの娘を守ってくれるのに違いない」と。
伊達に小田原宿で親分として名を馳せてはいない。人を見る目には自信がある。
九坂家はあまり裕福ではないというが、そんなことは些末なこと。自分が援助をすればすむだけの話。あと下手に力を誇ったり武士然として偉ぶらないところもいい。聞けば屋敷の方には日頃から河童や猫又らが気軽に出入りしているというのも、都合がいい。
ばかりか藍染川を仕切っている河童の頭の得子さまとも懇意の間柄とか。
得子といえば利根川にその御方ありと知られた東女傑、河童の大親分である禰々子(ねねこ)さまの右腕とも目される姉御。
あげくの果てには、居候はあの伝説の大妖の窮奇(きゅうき)ときたもんだ。
金銭運やら出世運こそは乏しいが、腕はたしかにて強きをくじき弱きを助ける。人脈はいまいちだが、妙に妖に好かれる奇縁の持ち主。
おまけに住まいが江戸というのも何げに便利がいい。
考えれば考えるほどに、「あれ? これってものすごくお買い得なのでは」と思えてならない。
ようは五右衛門は九坂藤士郎という御仁がすっかり気に入ったのである。
だから、しらたまの相手として白羽の矢を立てた。
そりゃあはじめのうちは少しぐらいぎくしゃくするかもしれない。だが若いふたりのこと、それに藤士郎であればゆっくりとでも、しっかり愛娘との距離を縮めて受け入れてれるはず。そう考えたがゆえの嫁入りの申し出であったのだが……。
◇
親の心、子知らず。
子の心、親知らず。
儀三郎と五右衛門、心助としらたま。
すれ違いにより、発生したかけおち騒動。
消えた若いふたり。
これを知った猫又芸者衆らは「きゃあきゃあ」大興奮。
父親たちは、「おまえのところの娘がうちの息子をたぶらかした!」「いいや、おまえのところの馬鹿息子が、うちの娘をたぶらかしたんだ!」と罵り合いの取っ組み合い。
藤士郎はそんな親分らを止めようと間に入って、四苦八苦。
なのにでっぷり猫の銅鑼ときたら知らん顔にておやきをむしゃこら。
すっかり混乱する場。
そんな中にあって、猫大師さまがぽつりと言った。
「あらあら、ちゃんと門を通っていればいいんだけど。でないと、ちょっとたいへん」
1
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる