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其の百五十四 朴念仁
しおりを挟む八文損騒動もいよいよ大詰め。あとは下手人のねぐらに踏み込むばかり。
といきたかったが、いかんせんねぐらが小さい。
なにせ化けタヌキが出入りしている穴なもので。長身痩躯の藤士郎では、せいぜい片腕を突っ込ませるのが関の山。
そこででっぷり猫の銅鑼が先陣を切り、慌てて逃げ出してきたのを外で待ちかまえていた藤士郎が捕まえるとの算段をつけた。けれども配置についたところで、巣穴の奥から漏れ伝わってきたのは……。
◇
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
「大丈夫、おとっつぁん」
「あぁ、いつもすまない。おまえには苦労ばかりかけて」
「もう、それは言わない約束でしょう。それに私はちっとも苦労だなんて思ってないから」
「うぅ、俺が不甲斐ないばっかりに、おまえたちにこんな不自由をさせて、ごほっ、ごほっ」
「そんなこと……」
「それもこれも、俺があんな奴に騙されたせいだ。ちくしょう、ちくしょう」
「もう過ぎたことよ。いつまでもくよくよしていてもしようがないわ、おとっつぁん」
「しかし、それでも俺はどうしても奴を許せねえ」
「だったらなおさらでしょ? 頑張ってはやく元気にならなくちゃね」
「うぅ、うぅ」
「おとっつぁん」
「ねえちゃん、おなかがへったよぉ」
「ねえちゃん、はらへった」
「ひもじいよぉ、おねえちゃん。え~んえ~ん」
「はいはい、おまたち、ほら、これをみなで分けな」
「あっ、だんごだ! やったー」
「でも、たべちゃっていいの? ねえちゃんのぶんは?」
「私はいいの、外で先に食べてきちゃったから、だから、ね」
「うん!」
◇
ちらほら聞こえてくる会話だけで、穴の奥での出来事が容易に想像できる。
病気か怪我かはわからないけれども、寝たきりの父親狸。
その看病を甲斐がいしくしている娘の長姉狸。
腹をすかしているのはたぶん幼い弟妹狸であろう。
母狸はいないようだ。
そしてこれだけで、なんとなく狸一家の事情がわかってしまった藤士郎と銅鑼は二の足を踏む。
「えー、ここで踏み込んだら完全にこっちが悪者じゃないか」
「くっ、泣かせる話じゃねえか」
こうなると八文という額に対しても、見方ががらりと変わってくる。
それは長姉狸の良心の発露。いけないことをしている自覚はある。本当は彼女もこんなことはしたくなかったのであろう。けれども大切な家族を守らなければならない。
苦渋の末にはじき出されたのがあの八文であったのだ。
団子の串二本分。家族がぎりぎり食べていける量であり、それでいて茶屋の負担とならぬ数。頑なにそれを守っているところに、長姉狸の心根の良さが透けている。
連日の八文損、おみつの祖父である老店主は「たかが団子の二本ばかし、仏様にでもお供えしたと思えばいい」と笑っていた。
いざ真相を突き止めてみると同情する余地が多分にあり、なんだかむきなっていた自分たちこそが、ちょっと浅ましいかのように感じてしまって、藤士郎と銅鑼はやや気まずくなった。
顔を見合わせるでっぷり猫と狐侍はそろって「「はぁ」」と嘆息。
「しようがない。とっちめるのはなしだね。そのかわり今後は泡銭を使わないように言い含めることにしようか」
「だが、そうすると狸一家が路頭に迷うぞ、藤士郎」
「わかってるよ、銅鑼。だから一家にはそろってうちに来てもらおう。こんなところにこそこそ潜っていたら、治るものも治りやしないよ。あとこれまでに泡銭でくすねた団子の代金は、私が立て替えておくことにする」
「おぉ、いつになく太っ腹だねえ」
「まぁね、美耶お嬢さんの用心棒でけっこう稼がせてもらったからね。それであとはおみつちゃんになんだけど」
「さすがに狸に化かされていたとは言えねえか」
「だよねえ。はてさて、どう伝えたものやら」
◇
八文損騒動。
いざ勇んでみれば大山鳴動して鼠一匹もとい、茶屋を微動させて狸五匹。
とんだから騒ぎにて、尻すぼみな結末。
でも、そんな真相を話すわけにはいかない藤士郎は……。
「ごめん、おみつちゃん。何もいわずにこれを受け取っておくれ」
差し出したのは、小梅柄の可愛らしい巾着袋。
手にしてみればずっしり重く、中をのぞけば一文銭がいっぱい。
これまでに損した団子の代金と聞かされて、おみつはきょとん。
そんなおみつに手を合わせる藤士郎。
「じつは今回の悪さをしていた子どもを見つけたんだけど、その手口がちょっとまずかったんだ。うっかり世間に漏れたらきっと真似する輩があらわれる。いままでは子どもの悪戯の範疇だったけど、もしも同じことを悪い大人がやったら、きっととんでもないことになる。だからこの件はこれきりとして口をつぐんで欲しい」
狸うんぬんの事情は話せない。
だったらいっそのこと犯行を止めさせたあとは知らんぷり。有耶無耶のうちに事件が風化するにまかせてもよかったのだが、それだとおみつがもやもやを抱えたままになる。
もやもやというのは、けっこうやっかいで。溜まったそいつを吐き出したのを耳聡い瓦版屋にでも拾われたら、いらぬ騒動を招きかねない。
おみつの中でひと区切りをつけさせるために、無い知恵を絞った藤士郎。あれこれこねくり回して、それっぽい言い分けにて強引に騒動の収束をはかる。
だというのにおみつは「わかりました。そういうことなら」と巾着袋を受け取ってくれた。
「でも自分で言っておいてなんだけど。おみつちゃん、本当にいいの?」
藤士郎がおずおず訊ねると、おみつはにこり。
「いいんですよ。藤士郎さまがそれほどまでに言うってことは、きっとそうなのでしょうから。それにただの味気ない袋じゃなくて、ちゃんと可愛い袋に詰めてきてくれたことに免じて許してあげます」
じつはこの袋詰め、藤士郎や銅鑼の考えではない。
彼らは適当な麻袋にでも入れて渡すつもりで準備していたのだが、それを知った母志乃に言われたのである。
「あきれた! いいですか藤士郎さん、よくお聞きなさい。相手を説得するのにそんな粗末な物でてっとり早く済まそうだなんて、まるで誠意が感じられませんよ。これだから女心のわからない朴念仁は……。まったく、いったい誰に似たのかしらん」
母志乃の助言により、事無きを得た藤士郎はほっと胸を撫で下ろし、これにより茶屋の八文損騒動もいちおうの決着と相成った。
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