狐侍こんこんちき

月芝

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其の四百七十一 神鳴り

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 肆合目の衝突は、銅鑼から仕掛ける。
 山の斜面に立つ黒い異形へと滑空しては、頭上から襲いかかった。
 森に隠れ潜んでいた虎が、ひと息に獲物へと向かい、喉笛へと食らいつかんとするがごとき動き。これにて相手を押し倒し、あわよくばそのまま組み伏せようとの算段であった。

 が――はじかれた!

 正面から両肩をしっかり掴み、爪を突き立て、勢いのままに押し倒そうとするも、半ばまで弓なりとなった黒い異形の身が、突如としてぎゅんと強い反発を示す。
 引き倒された竹がもとに戻るかのよう。
 もの凄い瞬発力にて、上から覆いかぶさっていた有翼の黒銀虎の巨体を、直上へとはねあげた。
 その動きのままに、黒い異形も飛びあがっては、攻勢へと打って出る。

 伍合目は、ともに上昇しながらのもつれあいとなった。
 銅鑼と黒い異形は攻撃を繰り出しながら、目まぐるしく互いの位置を入れ換えては、戦い続ける。
 その軌道は二匹の竜が激しくぶつかり、争いながら天を目指すかのようであった。

 陸、漆、捌合と続けて打ち合い、そして玖合目のことだ、拮抗していた戦局がついに大きく動く。

 この時点で上を取っていたのは黒い異形にて、銅鑼はこれをねめつける形となっていた。
 けれども、次の瞬間のことであった。

 ぴかっ!

 一帯の空を埋める暗雲にて、ひと際大きな稲光が雲間を走ったかとおもったら――ごろぴかどしゃん!

 雷が黒い異形の角頭へと落ちた。
 それも一度ではなくて、二度三度と立て続けにである。
 どうやら天神さまは銅鑼の味方のようだ。
 別名・神鳴りとも云われる光の威力は凄まじく、千年樹をも一撃で砕き、威容を誇る神殿を焼き、ほんの少しかすっただけでも絶命へと至らせる。土地によっては、そんな死体を「天神さまの祝福を得て、天に召された」としてありがたがっては、落雷した場所に埋めて祀ることもあるんだとか。

 こんな天気の中、黒い異形は不用意に上空に近づき過ぎたのだ。
 空の恐ろしさを知らぬ駆け出しゆえの失態である。
 払った代償はけっして少なくないはず。

 雷光に呑まれた黒い異形の姿を見つめつつ、銅鑼はすぐに身を翻して距離をとる。
 稲妻は気まぐれに枝分かれを繰り返す。中途半端なところ立っていたら、自分の方へも飛んできかねない。ちょんと触れられたら、たちまち全身の毛が逆立ち、びりびりと痺れてしまう。
 けれども、そんな矢先のことであった。

「ぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 絶叫にも似た叫び声が響く。
 発したのは黒い異形にて。
 これに驚きふり返った銅鑼は「なっ!」と大きく目を見開く。

 黒い異形の身が薄ぼんやりと蒼く光っていた。稲光の薄衣を羽織っているかのような姿だ。
 だがそれよりも銅鑼を瞠目させたのは、黒い異形が右手に握っている光る槍のようなもの。

「まさか! 雷を掴みやがったのか?」

 そのまさかであった。
 天魔王への道を着々と進んでいる黒い異形が、襲いかかってきた雷を逆にねじ伏せたのである。
 神鳴りを制する。
 それすなわち雷神の力を御するということ!

 ぶぅん、ぶぅん、ぶぅん……。

 不気味な重低音をさせながら、小刻みに震えているのは雷の槍だ。
 手の中で悶えては「はやく自分を敵へとめがけて解き放て」といきり立っている。
 黒い異形が槍を持つ腕を大きく振り上げたところで、銅鑼は「まずい!」と一目散にその場を離れようとする。
 だがしかし――。

 急ぎ遠ざかる有翼の黒銀虎。
 その背へと向けて放たれた雷の槍は、凄まじい勢いにて飛び、それこそ光の矢となりて瞬く間に銅鑼の身を貫いた。

 拾合目は黒い異形による雷槍の一投。
 狙いあやまたず、まともに喰らった銅鑼は「ぎゃん」と悲痛な声をあげて、そのまま山裾に広がる鬼押出しの石原へと落ちていった。


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