471 / 483
其の四百七十一 神鳴り
しおりを挟む肆合目の衝突は、銅鑼から仕掛ける。
山の斜面に立つ黒い異形へと滑空しては、頭上から襲いかかった。
森に隠れ潜んでいた虎が、ひと息に獲物へと向かい、喉笛へと食らいつかんとするがごとき動き。これにて相手を押し倒し、あわよくばそのまま組み伏せようとの算段であった。
が――はじかれた!
正面から両肩をしっかり掴み、爪を突き立て、勢いのままに押し倒そうとするも、半ばまで弓なりとなった黒い異形の身が、突如としてぎゅんと強い反発を示す。
引き倒された竹がもとに戻るかのよう。
もの凄い瞬発力にて、上から覆いかぶさっていた有翼の黒銀虎の巨体を、直上へとはねあげた。
その動きのままに、黒い異形も飛びあがっては、攻勢へと打って出る。
伍合目は、ともに上昇しながらのもつれあいとなった。
銅鑼と黒い異形は攻撃を繰り出しながら、目まぐるしく互いの位置を入れ換えては、戦い続ける。
その軌道は二匹の竜が激しくぶつかり、争いながら天を目指すかのようであった。
陸、漆、捌合と続けて打ち合い、そして玖合目のことだ、拮抗していた戦局がついに大きく動く。
この時点で上を取っていたのは黒い異形にて、銅鑼はこれをねめつける形となっていた。
けれども、次の瞬間のことであった。
ぴかっ!
一帯の空を埋める暗雲にて、ひと際大きな稲光が雲間を走ったかとおもったら――ごろぴかどしゃん!
雷が黒い異形の角頭へと落ちた。
それも一度ではなくて、二度三度と立て続けにである。
どうやら天神さまは銅鑼の味方のようだ。
別名・神鳴りとも云われる光の威力は凄まじく、千年樹をも一撃で砕き、威容を誇る神殿を焼き、ほんの少しかすっただけでも絶命へと至らせる。土地によっては、そんな死体を「天神さまの祝福を得て、天に召された」としてありがたがっては、落雷した場所に埋めて祀ることもあるんだとか。
こんな天気の中、黒い異形は不用意に上空に近づき過ぎたのだ。
空の恐ろしさを知らぬ駆け出しゆえの失態である。
払った代償はけっして少なくないはず。
雷光に呑まれた黒い異形の姿を見つめつつ、銅鑼はすぐに身を翻して距離をとる。
稲妻は気まぐれに枝分かれを繰り返す。中途半端なところ立っていたら、自分の方へも飛んできかねない。ちょんと触れられたら、たちまち全身の毛が逆立ち、びりびりと痺れてしまう。
けれども、そんな矢先のことであった。
「ぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
絶叫にも似た叫び声が響く。
発したのは黒い異形にて。
これに驚きふり返った銅鑼は「なっ!」と大きく目を見開く。
黒い異形の身が薄ぼんやりと蒼く光っていた。稲光の薄衣を羽織っているかのような姿だ。
だがそれよりも銅鑼を瞠目させたのは、黒い異形が右手に握っている光る槍のようなもの。
「まさか! 雷を掴みやがったのか?」
そのまさかであった。
天魔王への道を着々と進んでいる黒い異形が、襲いかかってきた雷を逆にねじ伏せたのである。
神鳴りを制する。
それすなわち雷神の力を御するということ!
ぶぅん、ぶぅん、ぶぅん……。
不気味な重低音をさせながら、小刻みに震えているのは雷の槍だ。
手の中で悶えては「はやく自分を敵へとめがけて解き放て」といきり立っている。
黒い異形が槍を持つ腕を大きく振り上げたところで、銅鑼は「まずい!」と一目散にその場を離れようとする。
だがしかし――。
急ぎ遠ざかる有翼の黒銀虎。
その背へと向けて放たれた雷の槍は、凄まじい勢いにて飛び、それこそ光の矢となりて瞬く間に銅鑼の身を貫いた。
拾合目は黒い異形による雷槍の一投。
狙いあやまたず、まともに喰らった銅鑼は「ぎゃん」と悲痛な声をあげて、そのまま山裾に広がる鬼押出しの石原へと落ちていった。
1
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる