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其の四百七十 対決の空
しおりを挟む暗雲垂れ込め、雷光閃く下――。
浅間山の火口からひとつの影が飛び出す。
一本角の黒い異形だ。天魔王と化しつつある藤士郎の成れの果て。
これを上空で迎え討つのは有翼の黒銀虎である。ぼんやり待ってなんぞいられないとばかりに、滑空を開始する。
ふたつの雄叫びが重なる。
中空にて両者が正面から激突した。
壱合目は痛み分け、どちらも押し切れず。
互いの頬を張っての相討ちにて、両者の身は垂直から水平方向へと弾け飛ぶ。
東へと飛ばされたのは黒い異形だ。くるくると宙を転げまわるも、その動きが急にぴたりと止まった。四肢を広げる格好で踏ん張った。
「ぎぃいぃぃぃぃい」
うめきながら顔をあげ、きっと紅い双眸が前方をにらむ。探したのは自分を殴った相手だ。
が――見当たらない?
キョロキョロと探すも黒銀虎の姿はなし。
それもそのはずだ。衝突直後のこと、西へと飛ばされていた銅鑼は、その勢い殺すのではなくて、翼を操りつつ利用しての急旋回を行っていた。
動きを止めた黒い異形と、あえて止めなかった銅鑼とで、次の動きに差が生じる。
黒い異形が顔をあげたときには、すでに銅鑼の姿は西の空になく、ぎゅんと右回りに迂回しては、黒い異形の斜め後方へとつけていたのである。
弐合目、陣取りを制し、先手を取ったのは銅鑼であった。
横合いから迫る気配に、黒い異形がはっと気がついたときには、すぐ目の前に黒銀虎が迫っていた。
たっぷり勢いを乗せての一撃、右前足が轟っと振るわれ、虎爪が立ち塞がるものすべてを切り裂かんとする。
身をひねり、どうにか直撃をかわす黒い異形であったが、完全には避けきれず。
限りなく黒に近い赤……血風が舞い、鮮血が飛び散る。
へその辺りから右胸へとかけて、ざっくり裂けた。
にもかかわらず黒い異形はよろめくことなく、むしろ反転攻勢へと打って出た。
拳を突き出し、すれ違いざまに狙うは黒銀虎の横っ腹だ。
だが、少しばかり遅れた。打ったのは縞模様の残像にて、拳は空を切る。
これで弐度目の衝突は銅鑼に軍配が……あがらない!
なんと、たったいますれ違い遠ざかっていく黒銀虎めがけて、黒い異形が猛追を開始する。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」
黒い異形が胸元からだらだら流れる血にかまくことなく、奇声を発しながら空を駆け出した。
速い!
一歩ごとにぐんと加速しては、みるみる両者の距離が縮まっていく。
うしろにつかれて、追われる形となった銅鑼は「ちぃっ」と舌打ち、これを懸命に引き離そうとするも、なかなか離れない。
黒い異形がぴたりとうしろに張りつくことで、先を飛ぶ銅鑼の翼が産み出す空気の流れを利用しているせいだ。
この時点で九坂藤士郎の意識はすでにないはず。
だから理屈ではなく、本能のみにて風の流れを読んでは追尾している。
それすなわち備わった力を使いこなし、体が馴染みつつあるということ。
着々と天魔王への道を歩んでいる。
こうなると長引かせるほどに、戦うほどにそれを手助けすることになりかねない。
銅鑼は歯噛みしつつ、「だったら、これでどうだ!」と身を回転させ始めた。
自身を回し突き進むことで、後方に起きたのは螺旋状の空気流である。激しい渦がうしろにいる黒い異形を呑み込んだ。
が――渦の中は空洞にて、ほぼほぼ無風状態となった。
向かい風が止んだことで、黒い異形はひと息に距離を詰めては、銅鑼の背に襲いかかろうとする。
けれども、あとほんの少しで手が届くというところで、これを阻んだのは羽の刃たちであった。
銅鑼が放ったものだ。
相手が迫ってくるのに合わせて、大量にばら撒いた。
これに頭から突っ込むことになった黒い異形は、羽の刃の洗礼を浴びることになった。
「がぁあぁぁぁぁ」
たくさんの羽の刃が身を切り裂き、突き立ち、痛みのあまり黒い異形がじたばた暴れる。
そのひょうしに螺旋状の渦にうっかり触れてしまい、あっという間にその身が後方遠くへと運ばれていく……。
とっさの機転により窮地を脱した銅鑼は「ふぅ」と冷や汗たらり。
かくして参合目は直接触れることなく終わった。
いまのところは銅鑼が優勢に戦いを進めている。
だがこのままで済むわけもなく――。
螺旋の渦にて墜落しては、山肌に激突した黒い異形であったが、すぐに起き上がったとおもったら、首をごきごきと鳴らし平然と立つ。
身に受けた傷がみるみる塞がり消えていく。
その様子に「やはりひと筋縄ではいかないか」と銅鑼はつぶやき、己の右前足の爪に目を落とす。
鉄をも紙のように切り裂く鋭く硬いはずの虎爪、その先端にはやくも傷みがみられた。
どうやら治るだけでなく、攻撃を喰らった端から体も強化されているようだ。
もしも天魔王として完全に覚醒したら、いったいどうなることやら。
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