狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
469 / 483

其の四百六十九 どら息子

しおりを挟む
 
 浅間山の頂上近くには、ぱっと見にはわからない岩棚がある。
 灰を被っており周囲の景色に埋没しているが、これが屋根となって下にはちょっとした空洞があった。
 身をひそめるにはちょうどいい場所だ。
 だからそこにおみつの身を隠す。
 とはいえ有象無象の妖どもを惹きつける仙桃を持ったおみつを、そのまま残せばかっこうの餌食となるばかり。

 そこでおみつは持ち込んだ荷をほどく。
 仙桃を納めた木箱とは別の旅行李の中には、巌然和尚から持たされた御札や杭などの道具類が隙間なく詰まっている。それらすべてに巌然の法力がたっぷり込められており、これらで結界をこさえれば木っ端の妖風情が相手ならば、問題なくしのげるであろう。
 それに藤士郎の愛刀であった小太刀の烏丸(からすまる)もちゃんと持ってきた。
 なにやら妙な気配を漂わしている鳥丸……どうやら藤士郎の身の変化の余波を受けているらしいのだが、いまのところ悪い気配はないのでいっしょに連れてきた。これが守り刀となり、おみつの身を守ることであろう。
 加えて迷い家で授けられた不思議な帯もあるから、きっと大丈夫。

「……と安心させてやりたいところだが、正直なところは、おれにもわからん。
 いまの藤士郎――天魔王に成りかけのあいつはかなり手強い。それを倒すのではなくて、取り押さえる必要がある分だけ、こちらに不利だ。
 ひと当てしてみねえとなんとも言えないが、相当に厳しく、そして激しい戦いになるだろう。
 もしかしたら、そのせいで浅間山がへそを曲げかねん。
 だから、その時には……」

 銅鑼はじっとおみつの目を見つめて言った。

「その時にはおみつ、おまえが仙桃を喰え。そうすれば死ぬことはなかろう」と。

 古代の大陸は中原にて、おおいに悪名を轟かした四凶が一角、大妖・窮奇と天魔王との戦い。
 影響で浅間山がいつどかんと噴火してもおかしくはない。
 そうなればいかに巌然の結界とて、防ぎ切れはしないだろう。
 だからこそ銅鑼はいざともなれば、我が身を優先しろと告げた。
 が、ついにおみつがうなづくことはなかった。

  ◇

 おみつに見送られて銅鑼は出陣する。
 空には暗雲が垂れ込め、雷鳴が轟いていた。
 じきに雨も降り出すかもしれない。

「ふん、天候を操るか……藤士郎のくせに生意気な」

 銅鑼は鼻を鳴らす。
 眷属である風雲雷鬼(ふううんらいき)を招来し、天候を左右するのは銅鑼の得意とするところ。
 もっともその風雲雷鬼は、ただいま療養中である。
 橈骨の眷属である炎羅童鬼(えんらどうき)との戦いで、ひどく消耗し傷ついてしまった。当分は呼び出すことはできないだろう。

 火口上空へと舞い戻った有翼の黒銀虎は、ほんの少しだけ目を閉じては過去へと想いを馳せる。
 藤士郎が母志乃のお腹に宿るよりもずっと前から、銅鑼は九坂家の居候をしていた。
 あの家の連中は根がおおらかなのか、化け猫だなんぞととくに騒ぐこともなく、ただあるがままにでっぷり猫の存在を受け入れていた。
 反面、世渡りがたいそう下手だ。剣の実力はあれどもそれをうまく活かせない。
 そのくせ門下生もいない道場を抱えての貧乏暮らしが、妙に板についているというか馴染んでいるというか……。

 先代も、先々代もそんな感じにて仕官にはとんと縁がなく、それはいまの当主である藤士郎も同じこと。
 武士なのに武士らしい生き方が苦手、おそらく性に合わないのだろう。
 これは九坂家の血筋みたいなものだ。
 だったらいっそのこと思い切って剣を捨てればいいものを、それは出来ない。伯天流の看板を下ろせない。
 難儀な者たちでもある。

 だが、そんな九坂家が銅鑼には居心地が良かった。
 自分でもよくわからないけれども、おそらく馬が合ったのであろう。
 気づけば江戸の水にもすっかり馴染んでしまっていた。
 土地柄なのか、江戸にはみなを惹きつける何かがあって、一度、この味を知ってしまうと忘れられなくなるというが、それは本当らしい。

 藤士郎が産まれた日のことを思い出した。
 小さな赤子は元気よく泣いていた。あんまりにもぎゃん泣きするもので、銅鑼が慰めてやろうと顔を近づけたら、髭を掴まれておもいきり引っ張られたっけか。
 それがすくすく育ち、いつの間にやら立派かどうかは小首を傾げるものの、いっぱしの跡取りとなって道場の看板を背負っていた。
 ずっとそばで見守ってきた。
 よもや、そんな相手と本気で一戦交えることになろうとは……。

 かっと目を見開き眼下を睥睨しては、銅鑼が一喝する。

「このどら息子め、無茶をやったあげくに、みなに心配をかけたばかりか、いらぬ手間をかけさせやがって。その間抜け面を張り倒してやるから、とっとと出てこい!」


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...