冒険野郎ども。

月芝

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001 青天の霹靂

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 青天の霹靂という言葉がある。
 いい天気だというのに、いきなり強烈なカミナリがドカンとくること。
 予想もしない出来事が、突発的に起こることを表すそうな。
 二千年以上も前に、このトロワグランデの世界に降臨し、軍勢を率いて暴れ回っていた魔王を退治したという、勇者たちが伝えたとされる言葉。
 ガキの時分に、すり切れるほどに読みふけった勇者たちの冒険譚。
 その中の一節に出てくるわけだが、この歳になって、よもや自分がこいつに見舞われようとは……。

「わたし、今回限りでパーティーを抜けるわ。お金はあとで口座に振り込んでおいてちょうだい。それからホームの荷物は好きに処分していいから」
「おい、ラナ、おまえいきなり何を……」
「もう決めたことだから。それじゃあ、さようなら」

 仲間四人にていつも通りに依頼をこなし、無事に冒険者ギルドへと戻ってきたところで、発せられたメンバーからの一方的な離別宣言。
 言いたいことだけ言うと、艶のある長い栗色の髪を翻し、ラナはさっさと立ち去ってしまう。
 俺はあわててギルドを出たラナを追いかけようとするも、その足はすぐに止まった。
 視線の先にて、見知らぬ男の冒険者に肩を抱かれて寄り添い、仲良く歩いてゆくラナの姿があったからだ。

「そういうことかよ……、くそっ!」

 故郷の村から俺を追いかけてきて、冒険者となったラナ。
 兄と妹のような関係が、やがて男と女の仲になって、しばらく経つ。
 いずれ冒険者稼業を引退してから、いっしょになろうかなどと漠然とした未来を思い描いていたのだが、どうやら彼女にはその気がなかったらしい。
 頭にカッと血が上った。全身の血が怒りで沸き立つ。
 が、それもほんの一瞬のこと。
 自分でもふしぎなほどに、スーッと気持ちが鎮まっていく。
 ラナに対する気持ちが急激に冷めた。
 強すぎる執着や固執は、時に判断を誤り死を招く。
 生粋の冒険者としての在り方が、この身に骨の髄まで染みついていやがる。
 その心が去り行く者を黙って見送る判断を下す。

「いや、こんな自分だからこそ、か」

 俺は自嘲気味に吐き捨て、無意識に固く握りしめていた拳をほどく。
 じょじょに遠ざかってゆき、ついにはラナの背中が雑踏の向こうへと消えた。
 俺は目を固く閉じると、一度だけ大きく息を吸い込む。体の隅々にまで酸素が行き届いたのを確認してから、瞼をゆっくりと開けた。
 世界は何も変わらない。
 ただ俺とラナの関係が終わっただけ。
 だから自分は大丈夫。
 そう言い聞かせて踵を返す。
 そして仲間の元へと戻ったのだが、更に追い打ちがかかる。

「すまん、フィレオ。子どもが出来た。ラナに便乗するわけじゃあないが、じつは前々からずっと考えていたんだ。そろそろ潮時かなって。だからオレとこいつも今日を限りに冒険者の世界から足を洗うことにする」

 頭を下げながら、そう言ったのはパーティーメンバーのロモン。
 長大な両手剣を武器に、何度も俺が背中を預けた頼りになる男。
 ロモンが生涯の伴侶にと選んだのは、同じくパーティーメンバーであるミーシャ。棒術を巧みに操る女性。パーティーの雰囲気が悪くなると、いつも率先して仲介役を買ってくれていたムードメーカー。おかげで厳しい局面を幾たび乗り越えられたことか。
 二人が付き合っているのは俺も知っていた。
 男女混合のパーティーではメンバー同士がくっつくなんて、ありがちなこと。現に俺とラナも付き合っていたし。
 だからいずれはと覚悟をしていたつもりだが、よりにもよってこのタイミングで言い出さなくても……。
 あまりのことに俺は平静を装いつつも内心で絶句。
 しかし申し分けなさそうに、でも愛おしそうに自身のお腹をさすっているミーシャの姿を前にしては、文句なんてとても言えやしない。
 愛した女と率いていたパーティー。
 二つを同時に失った俺は、ただ「わかった。どうか末永くお幸せに」と引きつった笑みにて、友人たちに祝福を述べるのが精一杯であった。

 青天の霹靂。
 突然に鳴り響き落ちてくるカミナリの、なんと恐ろしいことか。
 こんなもの、いくら用心していたからって避けられるもんじゃない!
 俺ことフィレオは、三十三歳にして遅まきながらそのことを学んだ。

  ◇

 賑やかな店内を背にするカウンター席。
 俺ことフィレオは一人背を丸めて、ちびちびグラスの中身を舐めている。
 手の中にある琥珀色の液体が照明を受け、揺れてきらめく。かなり度数が高く濃い。ふだんは決して頼まない類の酒。なぜなら翌日の冒険者稼業に響くからだ。
 だが今日は色々あって酔いたい気分。
 しかしいざ頼んでみたはいいものの、ニオイがキツく消毒に使う薬品のようで、どうにも俺の口には合わない。だからこうして舐めているわけだが、しみったれた呑み方をくり返すほどに、気分がいっそう滅入ってきてしようがない。
 ここは冒険者ギルドに併設された酒場、空飛ぶクジラ亭。
 多くの冒険者たちが夢を語り合い、野心を燃やし、欲望をギラつかせて、ときには失敗を反省し、仲間の死を嘆きつつ、己の生あることを喜び、明日への英気を養う場所。
 今夜もまた活きのいい冒険者らが集っては、どんちゃん騒ぎにて浮かれている。
 すぐ後ろだというのに、その賑わいがどうにも遠い。
 俺はつい「はぁ」とタメ息をつく。
 すると俺の両隣に座っていた二人の男たちのタメ息が偶然にも重なり、タメ息の斉唱となった。
 なんとも奇妙でマヌケな状況。
 俺たち三人は、互いの顔を見つめて、バツの悪さに苦笑いを浮かべた。

 グラス片手に酒の席。
 モヤモヤしたものを抱えていた俺たち。
 酔いにまかせて、誰からともなく互いに胸の内をぽつぽつと吐き出す。

「いや、ついさっきうちのパーティーが解散してなぁ。十年以上も四人で組んで、ようやく二等級に手が届きそうだってときに、いきなりメンバーの女が離脱。それで残りの二人もいい機会だから、引退して結婚するって言い出して」

 ポリポリと藍色のくせ毛頭をかきながら、俺は「まいったなぁ」と困惑する心情を吐露。
 父から受け継いだ大柄で頑強なカラダを頼りに、十五の頃よりこの世界に飛び込み、前衛職として常に最前線に身を置き、仲間を守りパーティーを率いてきた。
 夢中に、けれども堅実に駆け続け、気づけば三十三の歳になっていた。
 世間的には壮年と言われる年齢にて、まだまだ若い。
 が、冒険者としては正直、微妙な年齢。
 充分な経験を積み、油がのっている頃合ながらも、己の限界を認めつつ、体力的にはそろそろ斜陽が始まる。ゆえに三十を境に引退する者がいっきに増えるのが、この業界。
 三十代前半、冒険者としてはロートル一歩手前扱いにて、この歳で慣れ親しんだパーティーの解散は、俺にとっては実質、引退勧告にも等しかった。

「おや? オタクもかい。じつはオレも……」

 続いて話し始めたのは、俺の左隣に座っていた男。
 名をキリクといい、同じく三十三歳。
 中肉中背にて顔には無精ひげ。枯草色のボサボサ頭、伸びた前髪の奥からのぞくは薄い金色の瞳。どこか眠たげにてトロンと目尻が下がっている。
 飄々とした雰囲気を持つキリクは斥候職として、中堅どころのとあるパーティーに在籍していたそうな。
 しかしそこのリーダーが商売女にすっかり入れ揚げ、あろうことかギルドに預けていたパーティーの運用資金その他もろもろを勝手に引き出し、これを持ち逃げ。女と手に手をとって行方をくらませてしまった。おかげでパーティーは解散。
 俺とキリクの話を聞いて、くつくつ笑いをかみ殺していたのは、右端に座っていた男。

「やれやれ。まさか、そろいもそろって似たような境遇だったとはな」

 そう零したのはジーンと名乗った男。これまた同じく三十三歳。
 銀髪のオールバックにて、魔具の眼鏡を愛用している細身の魔導士。
 宝石を思わせる青い瞳に涼やかな目元、通った鼻筋。貴公子然とした容姿にて、笑いかければ大抵の女が頬を赤く染めそうな美形ながらも、当人は自身の造形にはまるで無頓着。己が知識欲を満たすことを第一に掲げているそうな。
 請われるままに、あるパーティーと行動をともにしていたのだが、女性を起因とした恋愛トラブルに巻き込まれて、散々にモメたあげくに、結局パーティーは解散してしまったという。

 フィレオ、キリク、ジーン。
 唐突に所属先を失った同年齢の三人の男たち。
 新たに若手と組むのはちとキツイ。かといって年齢がネックとなって受け入れ先も簡単には見つからない。同年配のところでは大半がパーティーとしてすでに完成されており、入り込む余地がないか、もしくは引退に片足を突っ込んでいる状況。
 臨時の助っ人として、あちこちを渡り歩くという手もあるが、都合よく使い潰されるのがオチ。
 かといって単独の冒険なんて、命がいくつあっても足りやしない。
 だからとて引退は考えられない。胸の内に燻ぶるモノがそれを頑なに否定する。「まだやれるはずだ」と叫んでいる。
 グラスを重ねつつ、「はぁ、これからどうしたものか」と三人でボヤいていたら、カウンターの向こうで洗ったグラスの水滴を丁寧に拭いていた酒場のマスターが手をとめ、こう言った。

「前衛に斥候に魔導士か……。いっそのこと、おまえたち三人で新たにパーティーを組んで、もうひと花咲かせてみたらどうだ?」

 彼はこの空飛ぶクジラ亭のマスターにして、併設している辺境都市トワイエ冒険者ギルド支部長でもあるダグザ。
 俺と同じぐらいの背丈にて、岩のようにゴツゴツした巨躯のハゲ頭。酔っ払った荒くれ者どもを軽くあしらう剛腕の持ち主。
 奥に引っ込んでの机仕事は性に合わないと、支部の運営を副支部長に押しつけ、こちらに入り浸っているダメな管理職。
 そこそこ酔いが回っていた俺たち三人。
 ダグザの言葉に「それもそうか」とうなずき、あまり深く考えることなく「じゃあ、そういうことで」と互いの手をとる。
 この日、辺境都市トワイエ冒険者ギルド支部にて、三つのパーティーが解散し、ひっそりと新たに一つのパーティーが誕生した。


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