冒険野郎ども。

月芝

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023 紅風

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 ラタバードの都、正門前の戦闘はじきに収束した。
 もちろん大剣を手にした少女の圧勝である。
 死屍累々、地面に出現した血の池が濃厚な香りを放ち、かすかに湯気を立てていた。 
 タクの街からここまで転がっていた骸を合算すれば、千近くにも及ぶはず。
 一騎当千、天下無双、まるで英雄譚のようなことを平然と成す。
 こんなことが可能なのは第一等級のバケモノだけ。
 俺はやはり彼女こそが紅風にちがいないと信じた。
 だって、そうだろう? こんな女が他にもいるとか考えたくない。想像しただけで全身の毛がそそけ立つ。

 戦闘行為も終結したことだし、いつまでもこうしているわけにはいかない。俺たちには果たさねばならぬ依頼があるのだ。
 パーティ―「オジキ」は木陰より姿をあらわすと、相手を刺激しないようにゆっくりと正門へと向かう。
 が、ここでちょっと計算外な出来事に見舞われる。
 これまでのことを鑑みるに、目の前の女はずっと戦い通しだったことになる。それもおそらくはたった一人で。
 そのことをすっかり失念していた俺たちは判断を誤った。
 飲まず食わずで、眠ることもなく、ずっと戦い続ける。
 いかに英雄級とて、そんな状態が続いてまともでいられるわけがなかったのである。
 長時間に及ぶ戦闘による高揚はある種の中毒に近く、いわゆる「戦場の血に酔う」状態。
 加えて空腹や疲労で朦朧となる意識。もしくは寝ぼけ眼にて、ようやく敵を片づけたと思ったら、新たに男たちがあらわれた。
 警戒うんぬんよりも、すっかり戦いの場に馴染んだ肉体が勝手に動く。
 女の藍色の髪が揺れた。
 握られた大剣の姿が、視界の中より消える。
 動きが追い切れない。圧倒的な速度と膂力。それらが産み出す剣撃にて、世界が真一文字に切り裂かれたかのように、俺の目には映った。
 世界を断裂する線がじょじょに我が身へと迫る。
 そいつが彼女の放った斬撃だと気づく前に、俺は腰の剣を抜いて叫んでいた。

「やばい、伏せろっ!」

 死を目前にして、自分の中でやたらと世界の時間がゆっくりと流れやがる。
 背後にいたキリクとジーンも異変に気がついて反応しているらしいが、わずかに遅い。このままではおそらくは避けきれない。
 俺の脳裏を瞬時にいくつかの選択肢が駆け巡る。
 正面から迎え撃つ? たぶん剣ごと体が真っ二つに斬られて終わり。我が身を差し出せば、あるいは二人を守れるか。いや、仲良くバッサリとなるのがオチだろう。
 素早く地面に伏せてやり過ごす? 間に合うかどうか微妙だし、なにより仲間を見捨てることになる。パーティ―でリーダーだけが生き残るとか、そんなのはありえねえ。
 ならばと、俺が選んだ第三の選択。それは……。

 剣を逆手に持ち、刃を地面に向けるようにして構えた俺は、もう一方の腕を剣の背に添えて支えることで傾斜を産み出す。
 迎え撃つのでもなく、弾くのでもなく、止めるのでもない。
 飛んでくる斬撃を全身全霊を込めて空へと逸らす。
 完璧でなくていい。わずかにでも角度をズラすことに成功すれば、少なくとも後ろのキリクとジーンは助かるはず。

「しょせん武器は手足の延長にすぎない。また、そう感じるぐらいにならないと、いざという時にロクすっぽ動けやしないぞ」

 冒険者を志し、郷里を飛び出しギルドの門をくぐり、新人研修を受けた際に、俺が教官から教わった言葉。
 駆け出しの頃はいまいちよくわからなかったが、さすがに十五年以上もこの業界に身を置き続けた今ならば骨身に染みている。
 積み上げてきたモノを信じろ! 己を信じろ! 共に汗を流し冒険者人生を駆け抜けてきた己の肉体を信じろ!
 一切の迷いや怯えを捨てる。
 ただ一本の剣となりて、仲間を守れ!

 神経を研ぎ澄まし、ひたすら集中。
 紅風の放った斬撃が俺の剣と交差する。
 思いのほかに軽い手応え。だからこそ、つい押し返せるかもとか考えがちだが、そうじゃない。抵抗を感じさせぬほどに鋭い一撃なんだ。
 うっかり押し戻そうと腕にチカラを込めれば、たちまち斬撃が喰い込みこちらの刃をへし折り、肉体をも両断する。
 だから俺はあえて下半身を脱力。斬撃を迎え入れた。
 風に揺れる枝のように体にしなりを産み出し、柔らかく受け流す。
 手の中に伝わる感触。斬撃が狙い通りの動きを開始するのを感じる。
 しかしその動きが完全に定まるよりも先に、俺の体の方に異変が生じた。
 足の踏ん張りが効かない。まさか、大柄な俺の体が耐えきれずにじょじょに持ち上げられている?
 それほどまでの威力を秘めた紅風の斬撃。
 このままだとマズい。いかによくしなる枝であろうとも、限界を超えればポキリと折れるのみ。
 ついに左のカカトが浮いた。すぐに右も続く。両足の裏が少しずつ地面からはがされていく。つま先を喰い込ませて、どうにか踏ん張ろうとするも敵わない。
 最早これまでかと俺が諦めかけた時。
 背後から重みが加わり、どうにか姿勢を持ち直す。
 キリクだった。
 彼が背後より腰に抱きつき、必死に支えてくれている。

「なんで逃げてないんだよ!」俺が叫べば「うるせー!」とキリク。

 だがキリクの助勢にてどうにか事態は好転。
 このままいけばギリギリイケると俺は確信するが、そうは問屋が卸さない。
 今度は剣の方に異変が発生。
 ピシリという不穏な音とともに、表面に細かいヒビが……。
 さすがにもうダメだと思った。
 その時、背後から「付与、硬化!」というジーンの声。
 俺の剣が淡い蒼光を帯びる。付与魔法だ。詠唱なんてしている暇はなかったはずなのに、どんな手品を使ったのか知らないが、この土壇場でジーンがやってくれた!
 俺は二人の助力を得て、手にした剣にすべての想いを込める。
 ゴトリという重たい石が転がる。
 そんな音が聞えたような気がした。
 瞬間、先ほどまで迫っていた絶対的な圧力がウソのように消え失せてしまう。
 ついに斬撃を受け流すことに成功したのだ。
 死神の鎌が軌道を逸れて空へと。
 轟っと風が唸る。
 衝撃にて仰向けに倒れた俺とキリク。ジーンもしゃがみ込んでいる。
 役目を終えて砕けた剣を片手に見上げた空。
 視線の先では灰色の雲がスパッと切れていやがる。おいおい、マジかよ……。

 あまりにも現実離れした状況に、しばし呆然。
 言葉もない三人。
 気づいたら俺の顔を大剣を担いだ女がのぞき込んでいた。

「わたしの剣を正面から受けてしのいだ? こんなの初めて……。わたしはアトラ、オジさんたちはだぁれ?」

 一切まばたきすることなく、開きっ放しの瞳孔。
 こちらを興味深げに見つめてくる漆黒の瞳が魚の目みたいで、ちょっと怖い。
 あどけなさ全開にて、どうみても十代前半にしか見えないが、彼女こそが正真正銘の紅風。
 ということはこれで二十歳。
 信じられん。チカラといいデタラメにもほどがある。


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