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032 先頭車両
しおりを挟む車両内を突如として襲った強烈な揺れ。
俺はとっさに手をのばし座席の縁を掴む。暴れそうになる我が身を押さえつけ、強引に持ちこたえる。
ジーンも肘掛けにしがみつく格好で難を逃れていた。
衝撃で宙へと投げ出されたカオリの小さな体は、キリクが受けとめ庇いどうにか無事。
揺れはすぐに収まったものの、俺たち一行はともかく、車両内は騒然となっている。大多数の客らが対応できずに、無防備に座席から放り出され、苦し気にうめき声をあげていた。
「ケガはないか」キリクからの確認に「大丈夫みたい。ありがとう」と答えるカオリ。しかし上着を掴む小さな手がかすかにふるえている。
「何が起こった」俺は状況がわからないながらも、周囲を警戒。
「脱線……ではないな。鉄道は変わらず走り続けている。線路上に何か転がっていたのかもしれんが、うん?」
現状を把握しようとしていたジーン。その視線が窓の外へと釘付けになっている。
俺もそれに倣うが、相も変わらず車窓が滑らかに流れ続けているばかり。だが、その動きが明らかにこれまでよりも速くなっているような……。
「バカな、ここにきて加速したというのか! じき終着駅のシナイに到達するはずだというのに。今の段階で速度を上げるなんて」
ジーンの疑問の答えはすぐに判明した。
前の車両から飛び込んできた制服姿の乗務員。彼が声を張り上げる。
「お客さまの中に魔導士の方はおられませんか? おられましたら、ぜひお力添えを」
鉄道には動力源の機具を管理運用するための、専属の技師と魔導士らが複数乗務しているはず。なのに客に協力を求める時点で彼らに何かがあったのは明白。おそらくは緊急事態につき、先ほどの揺れとも関係しているはず。
しかしパーティ「オジキ」は現在、護衛依頼の真っ最中。
どうしたものかと逡巡しているジーンにカオリが言った。
「護衛ならばキリクたちがいれば間に合うでしょう。だからジーンはあちらをお願い」
雇い主の許可が出たところで、「では行ってくる」とジーンは乗務員の要請に応じ、すぐに先頭車両へと向かった。
◇
わたしことジーンは制服姿の背を追う。彼は説明や助けを求める乗客らの声を一顧だにすることなく、先へ先へと急ぐ。
混乱する客車をいくつか抜けて、ようやくたどり着いた先頭の機関車両。
「こちらです」扉を開けて入室を促す乗務員。
先頭車両内では、五人の人間が床に倒れていた。
五人が五人とも後頭部から血を流しピクリとも動かない。
明らかにおかしな状況を前にして、わたしは立ち尽くす。
機具が放つ唸り。鉄道が線路上を駆ける「ガタンゴトン」という音に混じって、微かに耳が拾ったのは、「ブゥン」という風切り音。
理解するよりも先に体が動く。大胆にしゃがみこんだわたしは、そのまま前転。
直後に先ほどまで己の頭があったところを、何かが通り過ぎるのをちらりと視認。
わたしをここまで案内してきた乗務員の男がふるった凶器。
「ちっ、外したか。魔導士風情がずいぶんといい動きをする」
態度を豹変させた乗務員。
その一事でもって目の前の男がニセモノだと、わたしは遅まきながら気がつく。
どうやらまんまと誘い出されてしまったらしい。
「……狙いはカオリか?」
「さぁね」
男が質問に答えることはない。しかし代わりに浮かべたいやらしい笑みが、すべてを物語っている。
手には砂を詰めた革袋のような凶器が握られてある。いかに不意打ちだろうとも、大の男らを五人も昏倒させていることからして、威力は充分。もしかしたら鉄粉でも入っているのかもしれない。強い衝撃を放つ武器。下手に受けたら骨ごとやられてしまうか。
わたしは自分の装備を素早く確認。愛用の弓は役に立ちそうにもない。詠唱短縮の指輪は現在切らしている。腰のポーチにはいくつかの魔具が入っているものの、この場で助けとなる品はない。武器らしい武器といえば足のブーツに仕込んである隠しナイフぐらい。
対する男は、いかにも荒事に慣れた様子。ややこちらを侮っているみたいだが、それとても演技かもしれない。警備が厳重だといわれる鉄道。そこにまんまと入り込んでは犯行を重ねている時点で、とにかく油断がならない相手と考えるべきであろう。
なによりこれだけのことを仕出かしておいて、単独犯というのは考えにくい。仲間が他にもいると見ていい。
わたしの思考はそこで中断される。
男が動いたからだ。
軽やかな踏み込みからの横蹴り。絶妙の間合いにて振り抜かれた右足。胴体を薙ぎ払うかのような軌道が、途中で変化。カクンと急降下。その先にはわたしの無防備な膝が晒されてある。
避けられない。このままだと関節が砕かれる。
そう判断したわたしは、弓を手放し、あえて相手に向かって深く踏み込む。
てっきりこちらが棒立ちで蹴りを喰らうか、無様に後方へ逃げ惑うかと考えていたのだろう。男がギョッとした表情を浮かべた。
まぁ、そうだろう。一般的な魔導士の反応としては、せいぜいそんなものだ。
だが生憎と、わたしは少々変わり種でね。
深く踏み込むことで蹴りの威力を殺し、回転を未然に防ぐ。
しかし男の本命は別にあった。蹴りの影に隠れるかのようにしてくり出されたのは、手にした凶器。
最初から蹴りは獲物の動きを止めるだけにて、トドメはこちらでと目論んでいたようだ。
弧を描くように上段から迫る革袋。どうにか頭部への直撃を避けたとて、肩か背中に喰らうことになる。
防いではダメだ。あくまで避け切らなければならない。
わたしは男の懐間近まで接近。相手の胸倉を両手で掴むなり、そのまま迫る敵の勢いを利用して、男の体全体を自身を軸とした動きに巻き込む。
蹴りが不発となった男は片足立ちにて、不安定な態勢ながらもこの動きに抗う。
その抵抗を薙ぎ払うかのように、わたしは足を勢いよく払った。
瞬間、二人の間にあったすべてのチカラが連結する。
密着状態から放たれた投げ技が炸裂。
天地が逆転。二人分の体重を乗せて、男の背が固い床へと叩きつけられる。
◇
どうにか捨て身の投げが成功。実戦で試したのは初めてだったが、決まってくれて助かった。
わたしはムクリと起き上がり、倒れた男を見下ろす。
首がヘンな角度に折れ曲がっている。おそらく受け身を取り損ねたのだろう。
犯行計画の全容や仲間のことなどの情報を聞き出したかったが、こうなってはしようがあるまい。
まずは先頭車両と後方を繋ぐ扉に近寄り内鍵をかける。
これで敵勢の再侵入は防げるはず。
それから転がっている五人の状態を確認。全員息はしている。死んではいない。
作業服姿の技師二人に魔導士が二人、ひときわ立派な制服はおそらく責任者。
わたしは順番に起こしてゆく。その結果、魔導士一人を残し、全員がどうにか目を覚ます。
手早く事情を説明して、すぐに鉄道の速度を落とすように進言。
だがしかし……。
「操作盤がめちゃくちゃに破壊されている。これでは機具を動かせられない」
「ダメだ。魔力調整が狂いまくって、暴走しかけている」
「くそっ、緊急ブレーキも反応しないぞ」
技師と魔導士らの悲痛な声が、容易ならざる事態を告げた。
このままだとシナイの駅舎に鉄道が勢いのままに突っ込むことになる。
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