冒険野郎ども。

月芝

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054 潜入

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 日の出とともに動きだす辺境都市トワイエ。
 朝の喧騒に湧く通り。
 人の流れに逆らい足早に進む男。
 オレことキリクは、その背中をつかず離れずの距離にて追う。
 対象の年の頃は二十代半ばにて、なよっとした風の優男。
 男はときおり自分の背後を気にしたように立ち止まってはキョロキョロ。しかしそれは尾行を警戒してというよりも、怯えからくる行動のようだ。
 歩き方といい、完全に素人。
 さて、どこに案内してくれるのかと追跡を続けていたオレは、優男が向かう先を知って小さく舌打ちをする。
 優男が向かっていたのは旧市街の倉庫群。
 三世代ほど前までは物流拠点として栄えていた地区。しかし手狭になったので移転となり、以降は放置。いつしか食いつめた連中が勝手に住み着き、貧民窟のようになっている場所。
 だからとて臆するわけではないが、いかんせん、ここの連中は外部から流入してくる異物に敏感だ。
 見慣れない者が立ち入れば、すぐさまその情報が地域を牛耳っている連中へと届く。迂闊に目撃されたら、面倒なことになりかねない。多少の伝手はあるものの、余計な手間が増える。
 オレは通常の尾行をここで断念。
 最寄りの建物の陰へと潜り込むなり、すぐさま壁や庇を利用して、屋根の上へと登った。
 先を進む優男を今度は頭上から監視。
 ただし時間が時間なのでこちらの姿も目立つ。より一層の注意が必要。その分だけ尾行の難易度が高くなる。

  ◇

 陽の光の恩恵が届かい区画。日中で薄暗く、周辺よりも気温が低く少し肌寒い。風の通りも悪く、淀んだ空気。独特の湿気と鼻の奥にツンとくる異臭を放つのは、通りに垂れ流された汚水。
 人が産み出したダンジョンのような場所へと足を踏み入れた優男は、迷路のような道を進み、とある縦長の建物へと入って行く。
 オレは屋根伝いにそれを視認。
 この手の建物をアジトとする輩は、最上階にてふん反りかえって悦に浸るか、地下に潜って悪だくみに勤しむか。
 建物の屋上へと移動したオレは、その場でしゃがみ込む。
 耳を押し当て屋内の様子を探る…………、少なくとも直下にて気配はない。
 どうやらここの連中は潜る派のようである。
 しばし思案の後に、オレは壊れて開きっ放しとなっている窓から建物内へと侵入。
 窓の奥は雑多な空間。物置というよりもゴミ捨て場に近い。
 床一面に埃が雪のように積もっている。オレは壁際に背中をつけ、そろりそろりと扉の方へ。
 ドアノブに手をかけてから、一度、室内を振りかえる。
 壁際の隅、影溜りを歩いたので、ぱっと見では侵入の痕跡はわからない。それを確認してからゆっくりとノブを回す。
 ひさしぶりに人が触れたであろう扉が「キィ」と甲高い音を立てる。
 すぐに廊下へと出ることなく、しばし待機。聞き耳を立て警戒するも、階下より誰かがやって来る様子はなし。
 オレは廊下へと身を滑り出す。
 この階には他にもいくつか部屋があるものの、無視して階下へと通じる階段へと向かう。なぜなら廊下全体にもうっすらと埃が積もっていたからだ。
 階段も同様。しかし二つ階を降りたところで足下より、かすかな話し声。

「話がちがうじゃないか! きちんと始末したって言ってたくせに」
「いちいちビクつくんじゃねえよ。そもそもてめえが女の手綱をしっかりと握っていないから、こんな面倒が起きたんじゃねえか」
「それは……悪かったよ。まさか土壇場になって女が情にほだされて、裏切るとは思わなかったから」
「ったく、これだから女は信用ならねえ。とはいえ冒険者ギルドまで動きだしたのが、少々厄介だな」
「そうなんだよ。冒険者の中にはやたらと鼻の利く奴もいるから。どうしよう……」
「確かにな。だが時間が足りねえ。今日の昼過ぎには例の話がまとまる。あとはガキを始末してトンズラすればいい」

 聞えてくる男たちの会話。内容は不穏。しかも人質までいるらしい。
 殺されていたメイドの身なりはかなり上等だったことからして、どこかの貴族にでも仕えていたのだろう。
 女が手引きをしての誘拐といったところか。
 それでもって目当ては、さらった子どもをネタに親に何かを強要すること。
 やたらと大掛かりな溝掃除だとは思っていたが、裏にそんな事情があったとはねえ。
 とはいえ居場所は掴んだ。いったん話を持ち帰りダグザにでも情報を提供すれば、あとは警邏隊と騎士団の連中が乗り込んで解決するだろう。
 オレはひとまずこの場を引き揚げようと、来た道を戻ろうとする。
 そのとき、聞き逃せない言葉を耳が拾った。

「どうせバラしちまうんなら、いっそのこと今のうちに殺っちまえば」
「念のためにと生かしておいたが、それもそうだな」

 おいおいおい、話がちがうじゃないか。なにやら雲行きが怪しくなってきやがったぞ!
 このままギルドへ報せに向かうと、確実に人質のガキが死ぬ。
 聞えてきた声は二人分だけだが、現時点で階下より感じ取れる気配はずっと多い。少なく見積もっても十。おそらくはそれ以上の仲間がいる。
 この縦長の建物の奥から、それらの目をかい潜り、人質を無事に救出。
 ……まず無理だな。
 となれば半ば強引に奪い返すことになる。多勢に無勢の中、荒くれ者どもを相手どっての大立ち回り。地の利は向こうにあって、ガキを抱えたままの逃走劇。
 あげくに手持ちの武器は短双剣とただの組み紐のみ。せめて愛用の道具一式が詰まったポーチを持っていれば、まだやりようもあったのだが。
 見捨てるという選択肢もある。
 賢い冒険者としては、むしろソレを選ぶのが正解なのだろうが……。
 あいにくとオレは不良中年なもんで。


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