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062 壁画
しおりを挟む折れた石柱、崩れた壁、所々が割れている石畳に土台のみとなった家屋跡……。
大半の時を暗い水底で過ごしてきた遺跡。
雨風によって荒れた遺跡や集落とはちがう朽ち様。
あちらは時間の流れによって容赦なく削り取られているが、ここのは不自然なほどの白さを残しつつも、少しずつ水に溶けているかのよう。
グラスの中の氷が酒に溶けて混ざり合い、ゆっくりと馴染んでいく。
遺跡の中に足を踏み入れた俺の脳裏にそんな映像が浮かぶ。
残された石塀にキリクが指先をのばす。触れてみたらキンキンに冷えていたらしく、彼は「キヤッ」と似つかわしくない声を上げ、あわてて手を引っ込めた。
「あんまりそこいらを触るなよ。見た目は平気そうでも、やはり歳相応にモロくなっている。うっかり倒壊にでも巻き込まれたらシャレにならんぞ」
先を行くジーンが立ち止まってふり返り、忠告。
「そういうことは早く言ってくれよ」
キリクの文句には応えることなく、ジーンはふたたび歩き出した。
ジーンは何度かここへ足を運んでいたらしく、内部構造をある程度は把握しているのか、十数年ぶりの再訪にもかかわらず濡れた遺跡内を迷うことなく進んでいく。
通りを抜けて門の残骸を潜り、辿り着いた先は神殿跡とおぼしき場所。
屋根の部分はとっくに落ちてしまっており、残骸で室内はヒドイあり様。
大小の石材が散らばり、倒れた柱や壁でちょっとした迷路のよう。それらをようやく抜けた先に待っていたのは、礼拝堂とおぼしき場所。壁際に残る石像は上半分が欠落。腰から足下へと続く曲線からして、おそらくは女神像のなれの果て。
ジーンはその像の足下にてしゃがみ込む。石畳の割れ目に手持ちのナイフを差し込み、これを持ち上げた。
むき出しとなった箇所をおもむろに掘り始める。どうやら例の玉はここに埋められてあるらしい。
まぁ、わかりやすい目印もあるので隠し場所としては妥当か。
キリクは廃墟見学にとっくに飽きたのか、付近の石段の上に腰を降ろして、ひと休み中。
俺は物珍しさもあって、周囲を好奇心のままに見てまわる。
散策の途中、ふと、目を惹かれたのが壁面の一部。
なんの変哲もない壁にて、他のところと同じ造り。なのにどうして自分は興味を覚えたのか。首をひねるも、すぐに答えは見つかった。
「あぁ、ここだけ妙に小奇麗なんだ。だからか……」
遺跡内部の壁という壁がなんらかの損傷を受けている。
なのにここだけは、ほとんど原型を留めている。それゆえに違和感があったのだろう。
神殿の奥まったところなので、造りそのものが他よりも頑強。様々な偶然が重なって、受ける影響が少なかったか。いかにもあり得そうなことにて、なんら不思議でもない。
「少し厚そうだし、そのせいもあるのかな」
コンコンと壁を軽く叩いて、俺はそんなことをつぶやく。
そのとき、パラリと砂が落ちた。続いて小石がカツンと鳴り、ピシリという不穏な音。
とっさに脳裏をよぎったのはジーンの忠告。歳相応にモロくなっているからうんぬん。
俺はすかさず退避行動。大きく飛び退る。
直後に目の前の壁がガラガラと音を立てて崩壊。ついさっきまで自分が立っていた場所が石材の小山となる。
危うく生き埋めになるところだった。
間一髪のところで難を逃れた俺は「ふぅ」と安堵の吐息、額に浮かんだ冷や汗を拭う。
騒ぎを聞きつけてキリクと堀り出した玉を手にしたジーンが駆け寄って来る。
「なんだかスゴイ音がしたぞ。大丈夫なのか、フィレオ?」
心配するキリクに俺は「平気だ」と答える。
ジーンも同様にこちらの身を案じてくれたが、彼の視線は崩れた壁跡へと注がれたまま動かなくなっていた。
釣られて俺とキリクも顔を向ける。
そしておっさん三人は、揃って呆けることになった。
『燃える都を小高い丘の上から一人見つめている少女の後ろ姿』
壁の中から姿をあらわしたのは、色鮮やかな壁画。
それは、かつてこの地を襲った悲劇を描いたモノ。
◇
ルーンオデッセア大陸の中央に位置し、隆盛を誇るエイジス王国。
その前身は二つの国。
一つはかつてこの地にあったレアンヘレス。
一つは現在の王都付近にあったジルメラルド。
二つの国は双子のように寄り添い仲睦まじい間柄にて、ともに手を取り合って勇者を支援し魔王軍と対抗。
だが迎えた結末は対照的だった。
レアンヘレスは滅亡し、ジルメラルドは生き残り、勇者を迎え入れて今日の繁栄へと繋がる礎を築く。
両国の命運を分けたのは、たった一日の差。
魔王の居城へと勇者たちが攻め入る裏で、各地でくり広げられていたのはモンスターを率いる魔王軍との激しい戦闘。戦乱は燎原の火のごとく世界を席巻していた。
過酷な戦いにて数多の命が散ってゆく。血が大河となり、死が地に溢れ埋め尽くす。
両国もまた魔王軍の侵攻に晒され、劣勢の中、辛くも防衛を続けているような状況。
だがついに勇者たちが魔王討伐に成功。
魔王という支柱を失っただけでなく、その加護をも失った敵勢はたちまち瓦解し霧散する。
そんな栄光の日を迎える、わずか一日前にレアンヘレスは滅んだ。
救援要請を受けていたジルメラルド。わずかなりとも余力があったので、すぐに応じていればあるいは……。
しかし時の王は自国の守りを優先する。だからとて決して我が身かわいさなどではない。本当にギリギリの、苦渋の決断だった。
かくして見捨てられたレアンヘレスは滅び、戦後、領土や民は隣国であるジルメラルドに吸収合併されることになる。
これもまた悩み抜いた末のこと。
長らく続いた魔王軍との戦いによって、すっかり疲弊していた人心、荒廃していた国土。これらを速やかに建て直すのには必要な処置であった。
やがて凱旋した勇者を婿に迎え入れたジルメラルドは、彼の名前をとってエイジスと国の名を改め、かつての名を捨てた。
ただし、この行為は己の罪から目を背けるわけでも、忘れるためでもない。
むしろその逆。
これは無念のうちに散って逝った同胞へのせめてもの手向け。
国という生き物が己の名を捨てることによって、失われた友へと殉じたのである。
かくして双子国は歴史より姿を消した。
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