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066 運命の日
しおりを挟むおそらくは数万にも及ぶであろうモンスターたち。
荒波のごとく押し寄せる敵勢が視界を埋め尽くす。
夜明けとともに始まった、いつにない魔王軍の猛攻。
これを前にして、レアンヘレスの都全体が震えた。
刻々と苛烈さを増す戦場。
誰もが「今日は何かがちがう」と予感する。
そして絶望をもたらす存在が、ついに姿をあらわす。
モンスターの群れが静々と割れて、一本の道が出来た。
悠然と進んでくる巨体がひとつ。
家屋ほどもある大きさ。下半身が黒と赤のマダラ模様にて毒々しい蛇体。そのくせ上半身は浅黒い肌をしており、均整の取れた逞しい男のような姿。顔に瞳はない。二つの洞がぽっかりと開いている。鎌のような形状をした四本の腕は異様に細長く、腕の関節が人間のそれよりも七つばかり多い。ズルリとこれらを引きずるようにして向かってくる。
黒赤マダラが通り過ぎたあとには、五本の筋がくっきりと残っていた。
迫る異形に対して防衛隊が一斉に弓を放つ。一瞬、陽が陰るほどの膨大な矢数。
斜め上空へと飛んだ矢が弧を描きながら、目標へと降り注ぐ。
無数の尖った鏃の豪雨。呑み込まれたが最後、全身を貫かれ細切れに刻まれるしかない。優れた射手が揃う集団戦闘ならではの射撃方法。
対する黒赤マダラ、腕の一本が唐突に動く。
周囲にいた味方を巻き込みながら、ぶんと横薙ぎ気味に振られた長い腕。モンスターらの悲痛な叫びとともに血肉が飛び散るのにはかまわず、長腕を頭上にて振り回す。すぐに目では追えないほどの高速回転となる。風が轟々と唸り、砂塵が舞った。
回転する腕が盾となって飛来したすべての矢をあっさりと防いでしまう。
黒赤マダラはまったくの無傷。
あまりの光景に、一瞬、正門前が静まりかえる。
「ひっ、怯むな! 防いだということは効果があるということだ。奴はイヤがっているぞ。どんどん射よ。魔導士どもは準備が整い次第、魔法を放てっ!」
いち早く立ち直った現場の指揮官が声を張り上げた。
防衛隊とて伊達にこれまで苦しい戦いを生き抜いてきたわけじゃない。兵士らはすぐさま自身が成すべきことを成すために、動き始める。
正門前にての激しい攻防がしばし続く。
だがその拮抗を破ったのもまた黒赤マダラ。
ふいに蛇腹がぷくりと膨らんだ。まるで中に赤子でもいるかのように。
膨らみが下腹部からじょじょにせり上がり、腹から鳩尾を経て胸へ、胸から喉へと移動。
そして耳の際まで裂けた大口から、勢いよく吐き出されたのは黄土色のタマゴ。
飛び出したタマゴが向かった先は、もっとも強固な守りが施されてある正門。
「グシャ」
殻が潰れる音がした。
刺激臭を放つ液体が中から溢れだし、盛大に飛び散り、一帯を濡らす。たちまち液体が触れた箇所から白い煙がもうもうと上がり、溶け始めてしまった!
ぶ厚い鉄製の門扉が、魔法で強化されてある石組みの外壁が、周辺にいた兵士らが、何もかもが熱せられた砂糖細工のように、ドロドロと歪んでいく。
混乱に陥る最中に突き入れられたのは四本の大鎌。
これまで数多の攻勢を退け続けてきたレアンヘレス。
その守りがついに破られる。
◇
一連の戦闘を少し離れた戦場で目撃することになった俺たちパーティ―「オジキ」の面々。
「あれは……溶解液か! あんなものをぶち撒けられたら対処のしようがないぞっ」
俺は黒赤マダラの攻撃に目を見張って叫ぶ。
モンスターの中には溶解液を放つタイプもいる。だからソレに強い素材で造られた装備類もあるのだが、あれほどの量となると話はべつだ。ちょっとした津波のようなもの。全身を専用の装備で固めたとしても、とても防ぎようがない。
「おい、アレを見てみろ。煙を吸ってもヤバイみたいだぞ。咳き込んで身動きが取れなくなっていやがる」
毒のオマケ付きとわかり、キリクがすかさず風の向きを確認。
彼の指示に従いパーティ―「オジキ」は安全確保のために移動を開始する。
すでに前線は瓦解しており、統制が失われつつある。
こうなってしまっては割り当てられた場所をいくら守ったところで、意味はない。一旦引いて自軍を立て直すべき。
「よもやこんな手段で来るとは。あの物騒なタマゴ……。連発できないのがせめてもの救いか」
ジーンの見立てでは、いくらバケモノとて腹の中であんな危険物をいくつも抱えているのは不可能。おそらくはアレが奴の奥の手なのだろう。
そんなモノを初手から放つ。出し惜しみなしにて、敵の本気度がうかがえるというもの。
正門が破られたことにより、戦いの場が都内へと自動的に移行。
じりじりと敵勢に押される格好にて、戦線が後退を余儀なくされる。
外縁部周辺の民は防衛戦が始まった時点で、すでに中央寄りの区画に避難させてあるので、戦いに専念できるのはありがたいが、それとても時間の問題。いずれはすべてが混ざり合い、死の淵へと追い詰められる。
パーティ―「オジキ」は外壁を離脱。背後からの追撃をかわしつつ、中央区を目指す。
「まずいな。このままだとじきに城まで後退することになる。そうなったら籠城戦に突入だ」
ふり向きざまに矢を放ったジーン。その声に焦りが滲む。
攻撃をノドに受けて血を吐きながら、なおも向かってくる敵。そいつを俺が盾でいなし、キリクが相手の脇腹に短双剣をねじ込みトドメを差す。
「いっそのこと城で一日踏ん張れば……といいたいところだが、とても持ちこたえられそうにねえなぁ」
キリクは刃についた血糊を素早く拭い、次戦へと備える。
中央の城には一応、堀もあり壁もある。だがそれは大勢の民を抱えて、万を超すモンスターの大群を相手に出来るようなシロモノではない。
一か所に固まった時点で幾重にも囲まれ、かえって身動きがとれなくなってしまう。
それならば都の複雑な街並みを活かしての、かく乱戦の方がまだ生き残る目が少しは期待できる。
◇
目の前の敵を屠る。襲ってきた敵を屠る。追いかけてきた敵を屠る。
屠っては駆け、駆けては屠り、時に物陰に身を潜めてはやり過ごし、また剣を抜く。
周囲より味方の姿は減り、敵影ばかりが濃くなっていく。戦局は厳しくなる一方。
足掻くばかりの苦しい時間が続く。
ふと戦場の空気が変わったように感じて、俺は足を止めた。
直後にかすかに聞こえてきたのは「わっ」という歓声。兵士らが上げたもの。
「どうやら味方の主力が動いたらしいな。俺たちも合流するとしよう」
俺の言葉にジーンとキリクも頷く。
向かう場所は中央の噴水広場。
伝承通りであれば、そこで敵の首魁である黒赤マダラと伝説の剣士が相まみえることになる。
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