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068 片翼落ち、時至れり
しおりを挟む大歓声が上がった。
レアンヘレス陣営が沸き立つ。
ゲーニッツの剣がついに黒赤マダラを捉える。腕の一本を半ばより切断、刎ね飛ばす。斬られた腕は勢いのままに付近の壁に突っ込み、瓦礫に埋もれた。
四本の長い腕を巧みに操っていた黒赤マダラ。唐突に一本が失われたことによって、大きく体勢を崩す。
生じた隙を見逃すゲーニッツではない。
一気に肉薄、刺突を放つ。狙うのはアゴ下から脳へと繋がる角度。
が、この一撃はギリギリのところでかわされた。
黒赤マダラが上体を強引にひねって肩を振る。
至近距離にて体当たりに近い格好となるが、質量の差によって受けとめたゲーニッツの身がはじかれてしまい、せっかく詰めた間合いがふたたび十五歩ほども開く。
それでもいまだにゲーニッツの優勢は変わらない。
バランスを欠いた即席の三刀流と完成された二刀流では、勝負は見えている。なにより黒赤マダラはあまりにも手の内を晒しすぎた。
伝説の剣士は見切りもまた超一流。長く節々した腕が産み出す複雑な軌道をも、あらかた把握し始めていたのである。
ゆっくりと局面が動いていく。戦いの主導権はゲーニッツの手に移りつつあるのが、誰の目にも明らかとなるまで、それほどの時間はかからなかった。
あまりにも見事な戦いぶり。戦いの結末を知る俺ですらもが、ゲーニッツの勝ちを信じかけたほど。
だから周囲の観衆たちは、なお一層、強く信じていたはずだ。
自分たちの英雄の勝利を。その向こうに待つ輝かしい栄光を。
それこそが致命的な油断を産むことに気づきもしないで……。
みんなの視線が闘い続ける黒赤マダラとゲーニッツに注がれる中。
のそりと動いた影がひとつ。
先の戦闘で斬り飛ばされた黒赤マダラの長腕。瓦礫に埋もれていたソイツが、一匹の大蛇のごとく動き出す。
鎌首が向けられた先はサフィール王女。
黒赤マダラはとっくに気づいていたのだ。この集団を支えている中心人物。魔王より命じられた任務を果たすために最大の障壁となりうる存在に。
瓦礫の中より飛び出した黒赤マダラの腕。地を這うようにして王女の下へと迫る。
いち早く反応した数名の騎士らが立ち塞がろうとするも、次々と足を斬りつけられてもんどりを打ち、転がされてしまう。
気づいたときには、王女のすぐそばにまで凶刃が!
突如として後方にて生じた異変。
サフィール王女の身が危ないと知ったゲーニッツの決断は早かった。彼はためらうことなく翻り駆け出す。
身をていして愛する女を守ったゲーニッツ。
脅威を退けることにかろうじて成功するも、そのタイミングにて振るわれたのは、黒赤マダラ本体から放たれた鎌の連撃。
一の刃を右の一刀ではじき、二の刃を左の一刀で受け流す。
だが三の刃が狙ったのはゲーニッツではなくて、背後に庇うサフィール王女。
それを前にして伝説の剣士は迷うことなく我が身を差し出した。
「タンっ」という軽い音が鳴った。
クルクルと宙を舞う剣。じきに落ちて地へと突き立つ。
柄を固く握ったままの腕。鮮血が刀身を伝い、血溜りが拡がる。
広場の時が止まった。
突きつけられた非情な現実に、誰もが言葉を失う。
つい少し前まで勝利を確信していたというのに……。あまりのことに目の前の光景が受け入れられない。頭がついていけない。思考が停止したままにて、まるで悪い夢の中に囚われたかのよう。
みんなの心の間隙を縫うようにして真っ先に動いたのは、この悪夢をもたらした元凶。
黒赤マダラの追い撃ち。
ここに来て狙うのは、またしてもサフィール王女の身。こうすれば男が身を投げ出すことをも計算にいれての、狡猾な一手。
事実、ゲーニッツはそうした。
片腕を失い血を流しながらも、全力で王女を守ろうと。
◇
すべては伝承のままに。
残酷な時が刻まれていく。
が、それを拒む男が吠える。
俺ことフィレオは衝動のままに盾を手に飛び出していた。
こんな姿を見せられて動かない奴は男じゃない! 少なくとも俺が憧れた冒険者なんかじゃないっ!
伝承がどうした! 歴史は変えられない? 時の流れは不変? そんな小難し理屈、知ったことかっ!
ゲーニッツとサフィール王女に迫っていた大鎌の刃。
その横っ面へと盾をかまえたまま、俺は全体重を乗せて突進。
英雄の胸元へと吸い込まれる直前、気合もろともの体当たり。強引に軌道をそらす。
勢いのままに石畳に深くめり込んだ黒赤マダラの長い腕。必殺の想いが強すぎたのが仇となる。
鎌の部分が完全に埋まり長腕の動きが止まった次の瞬間、七つある関節のうちの一つに短双剣の刃を突き立てたのはキリク。的確に内部の靭帯を切り裂き、使い物にならなくする。
キリクもまた俺とほぼ同時に飛び出していたのだ。
これで残りの腕はあと二本。
目まぐるしく変化する現場。
混迷の度合いを深めるばかりにて、戸惑う人々。
大音声にて喝を入れたのはジーン。
「ボサっとするな。サフィール! いつまで呆けているつもりだ! 負傷したゲーニッツ殿を連れてさっさと後退しろ。この戦はもはやこれまで。敵が勢いづく前に、民を守りつつ全軍を率いて、すぐさま都を落ちろ」
ジーンの声に「はっ」となる王女。
ぐらりと倒れそうになったゲーニッツの体をあわてて支えながら、我に返った彼女は苦渋の表情を浮かべる。
「ぐっ、王族であるこの私に、都を、レアンヘレスを捨てろというのか」
「国なんぞ、民がいればいくらでもやり直せる。壊れた都だって建て直せばいい。すべては生きてこそだ。どうしても心中したいのならば、せめて箱物とではなく、惚れた男と民のそばで逝け」
あまりの言い草に王女、絶句。
しかしジーンの口はなおも止まらない。
「いいか、よく聞け。なんとしても一日、生きのびろ。そうすれば勇者たちが必ず魔王を討ち滅ぼす」
「勇者が魔王を? 何を言って……」
「いわゆる女神さまのお告げってやつだ。確かに伝えたからな。多少の時間稼ぎぐらいは、うちのパーティ―で引き受けてやる。だからとっとと行け、全力で逃げろ」
ジーンの言葉に俺とキリクも王女の方をふり返り、力強く頷いてみせる。
「おまえたちはいったい……」
サフィール王女の問いかけ。
俺たち三人はそろって「冒険者」と答えた。
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