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090 誰がための盾
しおりを挟むガレウスより間髪入れずにくり出される槍。
無数の穂先の残光にて生じた光の海。
内部に取り込まれた俺はどうにか抗っていたものの、次第に舞台の端へと追い詰められてゆく。
なおも加速を続ける槍。いささかも勢いが衰えることはない。
やがて俺の目が捉えきれないほどの攻撃まで出現っ!
五発に一発の割合が、三発に一発となり、ついには二発に一発にまで到達した。
こうなると、もはや防ぐというよりかは辛うじて急所を守るといった状況。
片手剣が軋む。切っ先が欠け、刃こぼれが目立ち始める。身につけた革鎧がどんどんと削られていく。
ふいに視界に薄いモヤがかかった。
ただし色味がおかしい。若干、赤いような……。
光の海に紅い霧が垂れ込める。
それは血の霧。発していたのは俺ことフィレオ。ガレウスの攻勢にて、ついに綻びた守り。剣と鎧の加護を失った部位から、随時、肉体を刻まれ、いつしか血が流されていたのである。
穂先についた血が、わずかにまとわりつくことすらも拒絶するほどの速度。槍がふるわれるほどに微細な飛沫が気体へと転化していく。
俺は成す術なく翻弄されるばかり。
剣と鎧がほとんど同時に砕けた。
霧の濃度がいっきに高まり、視界が真っ赤に染まる。
膝がふるえる。腕がまるで言うことを聞いてくれない。
朦朧となる意識の中、俺が見たのは血の霧に風穴を開けた槍の一撃。
「よくぞ、ここまで耐えた。いい勝負であった」
勝利を確信したガレウス。
渾身の突きにて長らく続いた戦いに幕を下ろそうとする。
健闘を称える言葉を耳にして、俺の中で緊張の糸がプツリと切れた。
意識が遠のき、世界に夜の帳が降りてくる。さすがに疲れた。もう、いいだろう。
が、その眠りを妨げたのは赤ん坊の泣き声。
ピーピー泣いていたのはマホロ。めったにグズらないあの子が泣いている。静まり返っていた客席にて、やたらとその声が響き、舞台上の俺の耳にまでよく届く。
やれやれ……、うちのお姫さまはとってもキビシイ。ここにきて「もっと気張れ」とか。どうやら敢闘賞程度では、満足してくれないらしい。
すっかり重たくなった瞼をこじ開ける。
とたんに目に映ったのは、自身の胸元へと迫っていた槍の穂先。
盾と剣は失われ、鎧すらもほとん剥がれている。
残っているものといえば、ボロボロの肉体と冒険者としての意地、あとは娘にかっこ悪いところは見せられないという見栄が少々。
「っらあぁっ!」
なけなしの気合をのせて放つのは右の拳。
下から突き上げるようにして打つ。
狙ったのは穂先と槍身の結合部。
槍がたわむ。切っ先が鈍い音を立て宙へと跳ね上がる。
予想外の抵抗。ガレウスが驚いた表情を浮かべた。しかし取り乱すこともなく、すかさず石突による追撃。石床すれすれ、弧を描き向かう先は俺の左側頭部。
俺は半歩下がりつつ、左の掌底にてコレをいなす。手の骨に走った鈍痛には気づかないフリ。
どうやら先のすさまじい乱撃を経験した直後ゆえに、目が槍の動きに対応できている模様。身も心もへろへろにて、恐怖心どころか後先を考える余裕もないのが、かえっていい具合に作用しているようだ。
とはいっても、恩恵はあまり長続きしそうにない。
なにせ足はまるで踏ん張りが効かず、居場所は石舞台の端っこときたものだ。まともに入れば一発で場外へと叩き落とされて決着がついてしまう。
のらりくらりとかわすには場所が悪い。危地を脱しようとするも、それを許してくれるガレウスではない。先手を打って刺突を放ち、こちらの逃げ道をことごとく塞ぎ潰していく。
やがて完全に追い詰められたところで、突きの三連撃。
一撃目を左手で強引に払う。ひょうしに手の甲がざっくり裂けた。
二撃目はかわしきれずに右太ももを切り裂かれ、ガクンと片膝をつく。
そして機動力を奪われた上でトドメの三撃目。
上半身と首を思いっきりひねって、辛くも直撃こそは回避するも、左肩口から鮮血がほとばしる。
どうにかしのぎ切ったところで、立ち上がろうとするも俺は動けない。下半身の感覚が失せており、ピクリともしなかった。
気づいたときには胸の先に突きつけられていた石突。
このままドンと突けば、俺はころりと舞台から無様に転げ落ちるだろう。
なのにガレウスはそれをしない。
かわりに彼は問うた。
「武器も、防具も、鎧すらも失われた。四肢とても満足に動かないはず。それでも抗い屈しようとはしない。だというのにフィレオ殿は、なおも守るばかりだ。そのありようはまさに盾そのもの。貴公はいったい何を守ろうとしている? 誰がための盾であろうとしている? 答えよ」
静かに見つめてくるガレウス。
王族の身分を嵩にきることも、勝者のおごりも、その瞳には浮かんでいない。
あるのは、どこまでも真摯なまなざし。
彼の姿を前にして俺は確信を抱く。同じ時を共有したこの男ならば信じられる。こちらの想いをきっと酌んでくれるはずだと。
客席に顔を向けると、キリクとジーンが黙ってうなづいた。
俺はズボンのポケットの奥から指輪を取り出す。
ケリーが命懸けで守った品にて、濃青の宝石がついた武骨な男物の指輪。
俺は赤子とともにコレを託されたことを告げる。
差し出された指輪をひと目見るなり、ガレウスが血相を変えた。
「これは……、もしやロインの! フィレオ殿! 貴公はこれをどこでっ!」
愛槍をも放り出し、俺の肩をつかんでガクガクと揺さぶるガレウス。ひょうしに全身の傷口から血がひたひたと零れてゆく。
肉体も精神もとっくに限界を超えていた俺は、衝撃にとても耐えられそうにない。だから「詳しいことは、あそこにいる仲間たちに訊いてくれ」と告げるので精一杯。
ついに視界が暗転、意識が途切れた。
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