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119 贖罪への旅路
しおりを挟むダンジョン「七渦の回廊」にて大反発を招き、エイジス王国に多大な損害を与えたパーティー「金色のグリフォン」の処刑が行われたという報が市井に流れたのは、騒動より二か月ほど過ぎてからのこと。
王都内にある刑場にて、リーダーのエイサーをはじめとするメンバー全員の首が刎ねられたとだけ、関係各所に通達される。
当初は公開処刑にして首を晒すべきとの意見も強かったのだが、ヴァルトシュタイン王の「いたずらに民の処罰感情を煽るべきではない。罪と罰を怒りのはけ口にしてはならない」とのお言葉によって、非公開にてしめやかに執行されたという。
◇
時を少しばかり遡る。
処刑当日。
地下牢から一人ずつ連れ出されていくパーティー「金色のグリフォン」のメンバーたち。
さめざめと泣く者、覚悟を決めて静々と従う者、ふるえながら神に祈る者、怒りにて喚き散らす者、悪あがきをして暴れては抑えられる者……。
自分の番が回ってくるのを膝を抱えて、わたしことラナはじっと待つ。
どうしてこんな最期を迎えることになったのかなんて、考えるまでもない
すべては自分の選択のせい。
結果は散々。わたしは賭けに負けた。
ぼんやりしていると何度も耳の奥で反芻されるのは、捕縛の際にマリルからかけられたあの言葉。
『どうして本物を捨てて、わざわざニセモノを選んだのか、わたしは理解に苦しみます』
フィレオを捨てて、エイサーを選んだ理由……。
べつにフィレオに不満があったわけじゃない。
彼はいい人。頼りになるし、絶対に自分を裏切らないし、いつでも仲間を第一に考え、わたしのことを優先してくれる。
フィレオの側にはつねに安心があった。でも彼は安定を重視するがゆえに、歩みは遅々としており、華やかさとは無縁の男。
言うなれば、フィレオはゆりかご。
確かに居心地はいい。けれども、ただ、それだけ。
どこか物足りなさを、わたしはずっと感じていた。
二十代も半ばとなり、そろそろ冒険者としての限界が見え始め、自分の未来がくすみ鮮やかさが失われていく。それがたまらなくイヤだった。
そんなときに声をかけてきたのがエイサー。
金髪の偉丈夫で貴族家出身。所作が洗練されており、エイサーがいるだけで場が華やぐ。光をまとい、都会の香りがする男。野心旺盛にてつねに上を目指す姿勢にも、強く惹きつけられた。エイサーとならばどこまで駆け上がれる。そんな気がした。
わたしはエイサーに誘われるままに、フィレオのパーティーを離脱。
でも、まさかその流れでロモンとミーシャまでもが冒険者を辞めて、パーティーが解散することになるなんて、夢にも思わなかった。
結果として、わたしはフィレオを裏切っただけでなく、彼から生きがいや居場所をも奪ってしまったと知ったときには愕然とした。
だからフィレオがすぐに新しいパーティーを結成したという情報を、ギルドの会報誌で見つけたときには、勝手ながらホッと胸をなでおろしたものである。
エイサーとの新しい生活は刺激に満ち充ちていた。これまで自分が知らなかったキラキラがいっぱいだった。
でも、そこに安心はなかった。
つねに得たいの知れぬ焦燥感みたいなモノが底を這いずり回っている。綱渡りを続けているような危うさがつきまとう。それはすなわちエイサーという男の危うさでもあったのだ。
実力はあったと思う、才能も。
けれども肝心なモノが足りない。
冒険者として、パーティーを率いるリーダーとして、男として、人間として、芯となるべきモノが欠けている。
致命的な欠陥に気づいたときには、すでに取り返しのつかないところに足を踏み入れていた。
わたしの思考が喧騒によって中断される。
男の喚き声が聞こえてきたからだ。
「やめろ! 離せっ! イヤだ! どうしてこのオレがこんな目に。オレは英雄になるはずの男なんだぞ……」
エイサーだった。
あれほどの輝きを放っていた金の髪はすすけて、死の恐怖によってか半分ほどが抜け落ちてしまっている。すっかりやせこけた頬、落ちくぼんだ眼孔、血走った目をぎょろぎょろさせながら、口元から泡を吹いている姿に、昔日の面影はない。
屈強な刑使らに両脇を抱えられて引きずれていくのを、わたしは暗い目で見送る。
「ニセモノ、か。マリルの言う通りね。ふふふっ、バカみたい。『当たり前』なんてこの世にありはしないというのに」
ありふれた日常を支えているのは、目には見えない努力の積み重ね。
それを当たり前のように享受し感謝を忘れ、ゆりかごを檻かなんかと錯覚した時点で、すでにわたしの行き着く先は決まっていたのだろう。
黄金の輝きに目がくらみ、金メッキを掴まされた。
すぐそばに輝きは鈍くとも、本物の上等な銀細工があったというのに。
すべては自身の愚かさが招いたこと。あまりのマヌケっぷりに、おもわず自嘲してしまう。
遠くに汚らしい絶叫が聞こえた。
重苦しい沈黙の中、近づいてくる足音。
止まったのはわたしの独房の前。
ようやく自分の番が回ってきた。
◇
久しぶりに浴びる陽の光に目を細めていると、ぷんと鼻孔に飛び込んできたのは濃厚な血のニオイ。
誰のモノかなんて考えるまでもない。
とたんに己の中の覚悟が揺らぎ、膝が小刻みにふるえはじめる。
せめて最後ぐらいはキレイに毅然にと、そう決めていたというのに……。
「あなたがラナ……。あなたはこっち」
少女かと思えるほどの若い娘。
首を刎ねる役割を担うには、あまりにも場違いな女の登場に、わたしは驚きを隠せないものの、その手に軽々と握られている重々しい大剣を見て、すぐに自分の勘違いに気がつく。
異常にして異様。
通常ではありえないことを平然とこなす。それを成すのは人外の領域に住むバケモノだけ。
ふわりと風が吹く。
とてもやさしい風が、わたしの前髪を揺らす。
それがバケモノのふるった大剣によるものだと知ったのは、自分の手足につけられた拘束具が砕けたから。
圧倒的なチカラを目の当たりにして腰を抜かし、へたり込むわたしにバケモノが告げた。
「あなたと他三名は罪一等を減ずる。以降は名前と身分が剥奪され、終生、国のために働くことをもって贖罪とする。これはヴァルトシュタイン王よりの厳命」
王の恩情により死を免れた? でもなぜ……。
生と死が目まぐるしく入れ替わり、助かったことによる安堵感もあってか、うまく頭が働かない。
放心状態のわたしにバケモノが残したのは「フィレオのおかげ。彼に感謝すること」という言葉であった。
わけがわからない。
どうしてここで彼の名前が出てくるのか。
引退手前の一介の冒険者が何をしたというの?
その答えをわたしが知るのは、もう少し後になってから。
贖罪の旅の途中にて。
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