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146 キリクの過去
しおりを挟む行商人をしていた両親が野盗どもに殺され、オレが窮屈な檻に閉じ込められたのは、ずっと小さな時分のこと。それは鳥カゴのような形をした檻だった。
ぶっちゃけ死の意味も、自分が辿る運命もよくわかっちゃいなかった。
だがそんな野盗どもも飢えたカウルの群れに遭遇して、全員が喰われて死んだ。
皮肉なことに檻の中にいたオレだけが助かり、安全な場所から野盗どもが生きながらに喰われていく姿を眺めることになる。
すっかり満足したのか、カウルたちは痩せこけた貧相なガキになんぞ目もくれずに、さっさと行ってしまった。
森の奥深くにて街道からも外れており、通りがかるのは獣かモンスターぐらい。
一日たち二日たち、三日目には膝を抱えて座っているのも億劫になって、ゴロリと寝転がったまま丸くなり動かなくなる。
ふしぎと飢えや渇きは感じなかった。
ただ、ときおり大地に染み込んだ血のニオイに惹かれてやってくる連中が、檻をつつくので少しうるさかった。
ふいに「ガチャン」と音がして、檻が激しく揺れた。
オレがうっすらと目を開けると怪しげな覆面姿の男。
「四日、いや、この様子からして五日は放置されていたか。それでも生きているとは、なかなかの生命力だ。おもしろい」
覆面越しに聞こえるくぐもった男の声。
なにがおもしろいのか、オレにはちんぷんかんぷん。だが結果としてオレはこの男に救われることになる。
しかしそれが本当の意味での救いであったのかどうかは、大人になった今でもよくわからない。
なにせ連れていかれた先は、暗殺者を育てる隠れ里であったのだから。
◇
里にはオレの他にもたくさんの子どもが集められていた。
奴隷商から合法的に買われた者。実の親から非合法にて売られた者。路地裏に転がっていたところを拾われた者。口減らしや借金のカタ、経歴も生まれも育ちも性格も性別も容姿もまちまち。
だが共通しているモノが一つだけある。
それは道具の仕入れを担う者のお眼鏡にかなったということ。
つまりここに集められた子どもたちは大なり小なり、生まれながらにして暗殺者としての素養を秘めていたということになる。
何をもってそれを判別していたのかはわからない。
里につくなり身体検査をされ、手厚い看護を受けるもすべては下拵えのため。
充分に回復したと判断されてからは、教官役の大人たちからひたすらしごかれる日々。
訓練は過酷にて指導は厳しかった。しかし飯だけはたらふく食わせてもらえるので、待遇自体は悪くなかったと思う。
ぶっちゃけオレはあまり出来のよい生徒ではなかった。
身体的に優れているわけでもなく、なにか特殊な能力を持っているわけでもない。才能や意欲については言わずもがな。
腕がなくとも見栄えがよければ、仕事の幅はぐんと広がるのだが、それもなし。
基礎的なことはそつなくこなすが、それだけ。
万事が無難にて、際立つモノが何もない凡庸。
そいつが早々にオレことキリクに下された評価。
ちなみにキリクという名前は里の大人に与えられた。両親がつけてくれた本当の名前についてはとっくに忘れてしまって覚えていない。
はじめは一か所に集められ、まとめて指導を受けていたのだが、数年経ち十代となってからは三人一組の班行動が主体となる。
実際に暗殺者として活動するときにも、単独で動くということはほとんどない。
いかに腕が良くても一人で出来ることには限りがある。より効率よく確実に仕事をこなすには、仲間の存在は不可欠。
クソみたいな仕事だというのに信頼関係が必須とは、笑える話だ。
もっとも班を組ませたのには他にも理由がある。
これには互いを監視する意図も含まれていた。
信頼を求めるくせに相手を信じきれない。暗殺稼業とはなんと業の深い職業であろうか。
オレが班を組むことになったのは二人の女の子。
やや長めの黒髪をうしろに結わえているマァム。
オレたちの世代では突出した優等生。少し大人びた雰囲気を持つ彼女が、うちの班のリーダー。
乱雑に切られたショートの深緑髪にて、ボサボサ頭の男勝りなのがウルリカ。
身体能力に優れ体術が得意ながらも、知識面が弱く短気なところがあって総合評価を下げている残念なヤツ。
もっともオレはそれにぐるぐると輪をかけて残念な生徒。
なにせ体術知識ともに平凡の域にすっぽり収まっていたのだから。小器用にて道具の扱いには定評があったものの、どう転んでも舞台の中央で活躍するタイプではない。
超優秀、欠点はあるがわりと優秀、微妙。
そんな三人が組まされたのは、班としての総合力を均等に振り分けるため。
おかげでオレのようなお荷物を背負わされることになったマァムとウルリカ。
こちらとしては申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「本気でそう思っているのなら、もっとキリキリ働きなさいよね。そしてこのわたしをもっと褒め称えなさい」
なんぞと言いながらオレの首に腕を回し、ぐりぐりと拳を押しつけイビるのはウルリカ。
口よりも先に手がでるウルリカ。彼女としてはじゃれているつもりのようだが、わりと本気で痛い。
だからオレは終始無言でしかめっ面。
そんな二人の様子を静かに眺めながら、目元を細めているマァム。
里の指導方針によって結成された班ではあったが、なんだかんだでオレたちはいい関係を築けていたと、この時のオレは思っていた。
◇
歳月が過ぎ、まもなく十五歳となる。
それは訓練期間を終了し、晴れて本格的に暗殺者としての活動を開始することを意味していた。
そんな矢先のこと。事件が起きた。
いつものように班で待ち合わせをしていたのに、いつまで待っても二人がこない。
オレはこれ幸いとぼんやりと空を見上げて待ちぼうけ。
しかし堂々とサボっている若いのを見咎めた里の者からの注進にて、オレは指導官からげんこつを貰うことになる。
だが本当に怒られるべきはオレじゃない。
約束の刻限をとうに過ぎているというのに、姿をあらわさない二人こそが叱られるべき。
だからオレはひと言文句を言ってやろうと、プリプリしながら仲間の姿を探した。
そして里近くの森の中にて見つけたのは、無残にも喰い荒らされた女の遺体。
ほとんど原型をとどめておらず、それでも身元が特定できたのは、残されてあった部位や装備類のおかげ。
マァムとウルリカのものであった。
若くして頭角をあらわし始めていた期待の新人たちの変わり果てた姿に、里は騒然となる。だから入念に調査も行われた。
残された現場の様子からして、おそらく油断していたところをホーンドアウルにでも襲われたのではとのこと。
ホーンドアウルは森の殺し屋との異名を持つモンスター。
おそろしく気配を消すのがうまく、しなやかな動きにて音もなく影から影へと移動。暗闇から獲物の背後へと迫り牙を突き立てる。
どれほどの英雄、達人、強者であろうとも、一瞬の油断が命取り。
狩られたが最後、泡沫となり消え失せる。
だからこそ暗殺者なんて稼業が成り立つ。
世にあるのは生者と死者の二種類のみ。
骨の髄にまで叩き込まれた真理にて、あっさりオレの前から逝ってしまった仲間たち。
薄情かもしれないが涙は一滴も零れなかった。
なぜなら泣き方なんて、里では誰も教えてくれなかったから。
そんな里もオレが十五になる直前に消えた。
何処かの手練れの集団より襲撃を受けて、あっさり滅んでしまった。
生き残ったのはオレ一人。
川で洗濯をしていたら、うっかり衣類を流してしまいあわてて追いかける。するとうっかり足を滑らせてドボン。自分がどんぶらこと流されるハメに。
どうにか洗濯ものを回収し、ずぶ濡れにて戻ってきたときにはすでに夕暮れ時。
で、里はきれいさっぱり灰になっていた。
その時もオレはたぶん泣かなかったと思うが、正直なところあまり記憶にない。
ただ「これからどうしよう」と途方に暮れたことだけは、なんとなく覚えている。
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