冒険野郎ども。

月芝

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162 まわり始める世界

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 おっさんたちが寝ていようが起きていようが、泣こうが喚こうがブーブー文句を垂れようが、おかまいなしに過ぎていくのが時の流れ。
 俺たちが養生しているうちにも、事態は知らないところで進展していく。
 商連合を束ねる十家の一角を担う立場ゆえに、とっても忙しいジーンの父親であるブラン・ライオット。
 忙しい合間に見舞いに来てくれた彼が教えてくれたのは「国際会議が開催されることが決まった」ということ。
 表向きは「よりよき経済圏の構築」という当たりさわりのないお題目ながらも、本当は「黄色いドラゴンの予言絡み」にて、エイジス王国と商連合が中心になって行われる。
 各国には商連合を通じて参加を促す。要請を拒否すればどうなるのかなんてことは赤子でもわかるので、実質的には強制参加となるだろう。
 トロワグランデの世界中の国々の代表が一堂に介する国際会議。
 かつてない規模にて、間違いなく歴史に刻まれるであろう一大事。
 話がずんずん大きくなっていく。
 世界が回り始めた感がある。
 が、第三等級の冒険者に過ぎぬ身には預かり知らぬことにて、「どうぞがんばってください」と言うほかにない。

  ◇

 今回の入院にて、最後まで寝ていたのはキリク。
 俺ことフィレオは体内の神鉄のおかげでケガの治りが速い。ジーンは脱水と魔力疲れが主な原因。でもキリクはウルリカにボッコボコにされた挙句に、あちこち切り刻まれた傷が完全に塞がるまで寝たきりとなる。特に腹の傷はかなり危ない状況だったと後々判明。うっかり空中で臓物をぶち撒けていてもおかしくなかったらしい。
 それでも十五日ばかりで済んだのは商連合の厚意による。手厚い看護と高価な投薬がバンバンされたおかげ。
 治療に当たった医師の話では「死人もびっくりして起き上がるぐらいのクスリ」らしい。「もっともさすがに生き返りはしないけどな」と笑っていたが、そんなものを惜しげもなく使用されたキリクは、かえって顔色が真っ青になっていた。

  ◇

 夜更け過ぎの病室。

「準備はいいか」

 俺が声をかけるとジーンとキリクがこくんとうなづく。
 すっかり元気を取り戻したパーティー「オジキ」は、これより自主的に退院を敢行。その足でマナジントン島からこっそり立ち去るつもりである。
 まるで夜逃げのようではあるが、こんなマネをせざるをえない事情があるのだ。
 一つは身辺が騒がしくなってきたから。
 命を救われたボーラー・ドラド氏が妙に俺たちを気に入り、囲いたいと望み、その意を酌んだ有象無象がブンブンうるさい。
 するとこの動きを知った他の派閥も興味を示し、接近してくる始末。
 このままだと自分たちが新たな火種になりかねない。
 一つはライオット一族の動向。
 理解ある家族たちは、魔導の追求に賭ける長兄ジーンの生き方を尊重してくれている。
 けれどもうるさ方の親戚筋というのはどこにでもいるもので、「いい機会だから、このまま引き留めて本来の役割は果たさせてしまえ」と言い出した。
 見合い話をわんさか持ってきて、ジーン辟易。
 するとこれを知った「お兄さま大好き」な末妹のメリッサ・ライオットが大激怒。
 驚くべき小姑ぶりを発揮して、横槍を入れゴネまくるもので、話がいっそうややこしく。
 このままだと一族にて内紛が勃発しかねない。
 一つは、そのメリッサ・ライオット自身。
 ぶっちゃけジーンは貞操の危機をひしひしと感じている。
 ついでに俺とキリクは命の危機を感じている。
 妹君からすると俺たちは「うらやましくも、けしらかん」対象に映っているようで、日々の当たりがキツクなっていたから。
 ままならぬ想いを抱えるメリッサ。淀んで鬱屈した感情の捌け口にされてはたまらない。

 以上のような理由により、おっさんたちはそろそろお暇したいと考えた次第である。

  ◇

 事前に下調べは済ませており、逃走経路はばっちり。
 斥候職のキリクの先導にて、まんまと世話になった病院を抜け出した俺たち三人は、酔漢どもで賑わう界隈へと潜り込み、喧騒の中を進む。
 じきにキンザ大橋のたもとへと到着。
 事件以来、厳しくなった検問も無事に通過。べつに凶状持ちにて指名手配とかをされているわけではないので、冒険者ギルド発行の身分証を提示すれば、ふつうに通れる。
 やれやれと気を抜いたところで、不意に背後から声をかけられた俺たちはビクリ!
 ふり返ると、ジーンの弟であるガトリ・ライオットの姿があった。

「こんなことになるのではないかと心配しておりました。恩を仇で返すようなことになってしまい申し訳ありません。あとのことはこちらで上手く処理しておきますので」

 母親譲りの南国風の偉丈夫がペコリと頭を下げる。
 弟君はとてもできた人物だった。
 兄から次期当主の立場を押しつけられた形だが、適材適所だったのかもしれない。
 ライオット家は当面安泰であろう。

  ◇

 夜中だというのに、日中と変わらぬ賑わいを見せているキンザ大橋。
 眠らない橋を歩きながら、俺はしみじみつぶやいた。

「とんだ里帰りになったなぁ」

 ジーンの出自に驚き、キリクの過去に驚き、知らないうちにヴァルトシュタイン王から伝言役にされており、要人暗殺騒ぎ、出向いたダンジョンでは怪現象勃発、神種の教団の再登場、挙句の果てにはナゾがナゾを呼び、正体不明の喪服の女まで……。
 内容があまりに突飛で濃密過ぎる。正直なところすっかり食傷気味。

「まったくだ」と応じたのはキリク。「ウルリカといい、ジーンの妹ちゃんといい、女が絡むとロクなことがねえ」と愚痴る。

 するとジーンが海風で少し乱れた銀髪を整えながら詫びを口にする。

「メリッサについては弁解の余地もない。まぁ、迷惑をかけた分は報酬に上乗せするとガトリが約束してくれたから、それでかんべんしてくれ」

 ライオット家からだけでなく商連合側からも恩賞がたんまり出ると聞いて、キリクはニンマリ。「しゃーねえなぁ。戻ったら空飛ぶクジラ亭で一杯おごれよ」とひらひら手を振った。


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