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171 シドリアヌス王国
しおりを挟む陽の光。そのひと欠片でさえも地表へ届けてなるものかと、競うように枝葉を広げている森の木々。
昼間でも薄暗い中を、道と呼ぶのもおこがましいような場所を黙々と歩く。
ときおり遠くに聞こえる何かの鳴き声。なんら前触れもなくゆれる繁み。気温差によってピキリと軋む古木……。
そのたびに四人と一匹は立ち止まって、武器に手をかけ、周囲に鋭い視線を送り警戒。
安全であるとわかれば、再び足を動かす。
歩き続けること三日目。
かすかに耳に届いたのは水の音。漂う空気が湿り気を帯び、ヒンヤリとしていく。深く吸い込むと心臓がギュッと緊張するのがわかった。
音は進路上から聞こえており、近づくほどにうるさくなる。
じきに姿をあらわしたのは大きな滝。高所から轟々と流れ落ちる大量の水が、夕立のごとく飛沫をまき散らしている。
この森をぐるりと囲むようにそびえる険しい峰々。そこから集められた水はとても澄んでおり、滝つぼを覗き込むと深淵が青々としていた。
腕をのばし飛沫に触れてみる。
濡れた手を舐めると、少し雪の味がしたような気がした。
「この滝の裏側にある洞窟を超えたら、いよいよシドリアヌス王国か」
濡れた手をズボンでこすりながら、俺ことフィレオは言った。
「僻地だとは聞いていたが、これじゃあ秘境だぜ」
天から地へと大量に流れ落ちる水を眺めつつキリクがつぶやく。
「あぁ、わたしもナゾの小国のウワサは知っていたが、ここまで不便なところにあったとは驚きだ」
ジーンの視線の先には、陽光を受けて薄っすらとした虹が浮かんでいた。
◇
シドリアヌス王国。
ルーンオデッセア大陸北西部、深い森を抜け、滝の裏側にある洞窟を抜けた先にある小国。
高く厚い壁と頑強な結界に覆われた城塞国家にて、王都単一にて構成されている。
周囲を天然の要害である険しい峰々に守られており、上空の大気はつねに不安定。風が渦を巻き、飛行船での乗り入れは不可能。
外部に通じているのは洞窟を通る経路のみ。
それすらも冬の間は深い雪と氷に閉ざされてしまう。
ほぼ鎖国状態にて、許可なき者の立ち入りは許されない。
冒険者ギルド支部も商連合の出張所もなし。
エイジス王国や一部の国々と国交こそは結んでいるものの、ほとんど没交渉。気候はきびしく、土地は痩せており満足に田畑を耕す土地もなく、目立った特産品もない。
ふつうであれば、貧しい地域の住人たちは冬場になると他所へ出稼ぎに行ったりするものだが、その形跡もない。だから外部に国の内情が漏れ伝わることもない。
いったいどうやって国家を運営しているのか? 人々はどうやって生計を立てているのか? どんな暮らしをしているのか?
という意味でのナゾの小国。
低すぎる知名度ゆえに、存在すら知らない者が大半であろう。
パーティー「オジキ」がそんな小国を目指していたのは依頼を受けたから。
依頼人はエイジス王国のヴァルトシュタイン王。
かつて俺たちが浮遊島の黄色いドラゴンより託された不吉な予言。
『備えよ。運命の時は近い』
どうやら世界規模の大災厄が迫っているらしく、その対応について話し合うためにエイジス王国と商連合が中心となって、国際会議が開催されることになった。
参加打診を受けた各国の反応はまちまちらしいのだが、それでも一応は代表者を派遣する形で調整がなされている。
そんな中にあって、ちっとも連絡がつかなかったのがシドリアヌス王国。
正式な使者を二度送るも、城門が固く閉ざされており、いくら呼びかけても一切の返答がないという。
元から愛想のない国ではあるが、それでも使者なり訪問客がいれば、拒絶するにしても相応の反応を示すというのに、それすらもないという。
もしかしたら内部で何か問題が発生しているのかしれない。
そう考えたヴァルトシュタイン王は、三度目の使者として第一等級冒険者のアトラを選ぶ。
もしも不足の事態が起こったとしても、彼女ならば切り抜けられると考えたからだ。
が、そこで「待った」をかけたのが第二王女のメロード。姫はただひと言「不安です」とぼそり。
アトラの身が心配といった意味ではない。忖度や配慮という言葉をどこかに置き忘れてきた彼女を、使者として送ることを案じたもの。
大剣を自在に操り、圧倒的武力を誇り、千の軍勢をも蹴散らし、「紅風」の異名を持つ女剣士はいささか短絡にて「邪魔なものはとりあえず薙ぎ払え」的な思考傾向にある。
立ちふさがるすべてをねじ伏せて、親書をシドリアヌス王の口にねじ込む。
そんなアトラの姿を想像して、ヴァルトシュタイン王も「これはいかん! お目付け役が必要だ」と考えた。
で、もろもろの内情に詳しく、相応に考えて行動し、足を引っ張らない程度に実力があり、なおかついざとなればアトラを止められる人物として、白羽の矢が立ったのがパーティー「オジキ」であった。
つまり今回の依頼内容は、アトラに同行してシドリアヌス王国にエイジス王国からの親書を届けること。できれば返事も受けとれたらなおよし。
◇
俺がちらりと見れば、アトラは「ふんふん」鼻歌混じりにて、滝の飛沫で濡れた大剣の握り部分を布で拭いていた。その足元では彼女とエンゲージしている緑色のスーラがぷるぷる震えている。ちなみにエンゲージとはモンスターとの使役契約のこと。
強さゆえにずっと孤高をしいられてきたアトラは、パーティーを組んで仲間との冒険に憧れている。だから今回の旅が始まってからは、ずっと機嫌がいい。
「いざとなったら押し倒せ!」とか、わけのわからないことをメロード姫は言っていたが、この分では問題なさそうである。
「さて、ではそろそろ行くか」
俺が声をかけるとキリクとジーンは「おう」と答え、アトラは「うん」と笑顔をみせ、緑色のスーラがぽよんとひと跳ね。
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