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196 文明
しおりを挟むどれほど階段を歩き続けたことであろうか。
英知の塔の内部では疲労や飢え、渇きなどを一切感じない。かわり映えしない景色もあって、時間の感覚も早々に失ってしまった。
挙句に得られる情報は途方もないものばかり。
いつしか誰もが無言となり、うつむいたまま。自分のつま先だけをぼんやりと眺めながら、ひたすら足を動かすばかりになっていた。
そんな道行は、唐突に終わる。
次の段がない。床が平らであった。
はっとして俺は顔をあげる。キリクとジーンも同様。
乱雑に積まれた本たちが山となった場所。
うっかり引っかけたら雪崩を起こしそうではあるが、この塔内ではときおり出現した絵本以外の書物には、手を触れることができない。
とはいえ気をつけつつ、本の間を抜けていく。
本の谷の奥深く。少しひらけた空間。床の上にあぐらをかいて本を開いている淡い輪郭の女の姿があった。
女は本を閉じながら言った。
『ようやく来たか。絵本はどうだった?』
直接、頭に響く若い女の声。
頭蓋骨の内側で言葉がぞろりと這うようなふしぎな感覚は、何度経験しても慣れることはない。
「どうと言われても、トンデモナイことに巻き込まれてしまったとしか……」
俺が率直な感想を口にすると、即座に『ちがう。そういった意味ではない。内容をちゃんと理解したのかという意味だ』とやんわりたしなめられた。
軽い怒気のようなものを感じたので、おっさん三人はあわててコクコクとうなづく。
『……まぁ、いいだろう。で、そこの銀髪の魔導士。何か訊きたそうな顔だな。言ってみろ』
促されたジーン。やや襟を正し話しはじめる。
「正直なところ、どれもこれも壮大過ぎて一介の冒険者風情には手に余るものばかりだった。その中でもわたしが特に気になったのは文明についての記述だ。『高度な文明が仇となった』と書かれてあったが」
文明うんぬんについて語る際に、ジーンが持ち出したのは魔銃について。
魔銃は魔法を弾に込めて撃ち出す魔具兵器。
基礎概念は遥か昔、トロワグランデに降臨した勇者たちよりもたらされたという。彼らが伝えたとされる理論と知識をもとにして、開発が進められたものの、研究はとん挫。
以降、二千年以上にも渡って数多の天才鬼才らが取り組むも、ことごとく失敗し現在に至る。
理論自体は単純なのに、何故だかうまくいかない。
ゆえに「もしかしたら世界の理に抵触するので、神々による制限がかけられているのでは?」との説が、魔導士たちの間ではまことしやかに囁かれている、いわくつきのシロモノ。
そんな魔銃を例に出してまでジーンがたずねたかったこと。
「もしかして迫る百八番目の災厄のせいなのか? わたしたちの文明が不自然な停滞を続けているのは?」
成功しない魔銃開発、魔法の無詠唱及び魔法の連続行使の未達成、陸の鉄道や空の飛行船などの限られた大型機具たち、建築様式や生活環境、未だに溢れるモンスターの脅威、冒険者稼業を支える数々のナゾ、尽きぬ未知……。
数千年を経ている文明圏にしては、その歩みはあまりにも遅々として進んでいない。
どの分野でもある程度まで発展したところで、ピタリと頭打ちになってしまっている。
ジーンの指摘を受けて、淡い輪郭がゆらめく。
俺には女が笑ったような気がした。
『いい着眼だ。その通り、すべてはアレに対抗するためだ。アレはこちらの文明レベルを映し出す鏡。ところで、そっちのボケっとしているゴツイのとボサボサ頭に質問だ。文明の優劣を測る基準は何だと思う?』
いきなり話をふられて俺とキリクはドギマギする。
早くしろと急かされ、俺は「安全な暮らし」、キリクは「強大な武力」と答えた。
『どちらも間違っちゃいない。だがそれらを支えるのには必要なのものがある。それはエネルギー源だ。ドラゴニュート……、あの絵本に登場した翼を持つ者たちは、かつて天に燦然と輝く太陽に匹敵するほどのチカラを持つ、魔動力炉を産み出すことに成功し、それに支えられて文明を加速度的に発展させた。現在、このトロワグランデの世界にいるモンスターも、獣人(ケモノビト)や昆虫人(ムシビト)、人間たち、その他のほとんどの生命体が彼らの文明の副産物に過ぎない。あのドラゴンたちですらもが、な』
究極生物と目されるドラゴンが、じつは生体魔動力炉の類であり、自分たちは古代文明の産物だと知らされ、少なくない衝撃を受ける俺たち。
自己という存在の根底がひっくり返る。
いきなりハシゴを外されたようにて、ココロが宙ぶらりんとなる。
そんなこちらの心情なんぞにはおかまいなしに女の声が脳裏に響く。
『かつて世界は崩壊寸前にまで追い込まれた。この事態を前にして神々の意見は二つに分かれたそうだよ。自業自得ゆえに放置すべしという多数派と、苦難にあえぐひな鳥に救いの手を差しのべるべきだという少数派に』
神々とは世界の理に干渉するほどの影響力を持つ存在。
便宜上、そう呼んではいるが、実態は遥か彼方にいる、より高次元な生命体というのが正しい。
当時のドラゴニュートたちの文明は、それらとコンタクトをとれるまでに至っていたのである。
結果としては、少数派の情けによってトロワグランデは存続することになる。
差しのべられた救いの手は主に四つ。
一つが、滅亡へのしばしの猶予。
一つが、文明を停滞させるための助力。そのための情報の操作。
一つが、援軍の派遣。勇者召喚がこれにあたる。
一つが、因子の配置。要所要所の流れを制御するための存在。標(しるべ)とも呼ぶ。
◇
あまりにも話が大きすぎる。
ぶっちゃけ俺の頭ではロクすっぽついていけない。
ジーンはともかくキリクは俺と同じで、ずっと首をひねっている。
唯一の理解者であろうジーンとても、眉間にしわを寄せて困惑の表情を浮かべたまま。
だというのに淡い輪郭の女が、さらにやっかいなことを言い出したものだから、たまらない。
『それで、だ。じつは少しばかり困ったことが起きている。どうやらあまりにも超大な時の流れに関わることゆえに、いささか目算が狂ったらしい。予定ではアレが復活するのは六千日ほど先になるはずだったのだが、どうやら少しばかり早まりそうなんだ』
一年が三百七十四日なので、六千日といえば約十六、七年ぐらい。
それが『千二百日前後にまで縮まる』と告げられて、俺たちはあんぐり。
世界滅亡級の大災厄が姿をあらわすまで、残りたったの三年!
おっさんたちは開いた口が塞がらない。
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