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198 三枚目
しおりを挟む空が濃い。藍色に近い青さ。
真昼の月と星のまたたき。
太陽の姿もある。
昼と夜が混在している。
英知の塔の階段をのぼりきった先にあったのは、そんな場所だった。
「おいおい、マジかよ……。あっちの豆粒みたく見える山って、ひょっとしてハリューダ山脈じゃないのか? ここってどんだけ高いんだよ!」とキリク。
ハリューダ山脈は南の大陸ミスルバード中央部を東西に横断するように存在する、大いなる峰々。どの山ひとつとっても生半可な覚悟と装備では超えられないような難所。
遥か下界の景色に唖然とするおっさん三人。
「彼女は言っていたな。ここは『次元のひずみ、特殊な場所』であると。おそらくは塔のあり方もおかしくなっているのだろう」とはジーン。
「まったく、何もかもがトンデモない」驚き疲れてもはやタメ息すらも出てこない。俺は肩をすくめつつ「そういえば帰りの足を用意しておいたとか言ってなかったか」と思い出す。
そのタイミングでサッと影が差した。
自分たちの頭上を何かが横切ったと知り、あわてて上空をふり返るも、そこにあったのは藍色の空ばかり。
「気のせい……なんてことはないよな?」
俺がキリクとジーンに確認しようとした矢先のこと。
グンっとカラダが何かに引っぱられた。
いや、これはそんな生易しいものじゃない。いきなりものすごいチカラにて、問答無用でぶん回されているかのよう。
全身の骨が軋む。
血と内臓が肉体の片側へと追いやられる。
抵抗する暇なんてない。
たちまち視界が暗転し、意識がプツリと途切れた。
◇
頬をペチリペチリと打つのは、風に混じる細かい砂の粒。
「う、うーん」
意識をとり戻した俺が最初に目にしたのは、足下に広がるギサの海。
次に砂漠の上を滑るように疾走する巨大な何者かの影。
大きなツバサが何やら厳つい。やたらと首と尻尾が長いような……。
血の巡りがよくなるほどに、薄ぼんやりとしていた意識がはっきりとし、視界もより鮮明となっていく。
で、否が応でも自分の身に起こったことを把握することに。
突きつけられた現実を前にして、俺はふたたび気を失いそうになった。
漆黒のドラゴン。
天空の覇者。究極生物。生体魔動力炉。
黒いカギ爪を持つ前足の左にジーン、右にキリクが虜となっており、俺ことフィレオは逞しい後ろ足にて、その身をがっちり握られていた。
こうなっては俺たちに、できることは何もない。
ただ息を殺し縮こまっているばかり。
うぅ、まさかドラゴンを送迎に使うなんて……。
デタラメにもほどがあるっ!
◇
ドラゴンの虜となったパーティー「オジキ」が空を征く。
ぼんやりと流れていく景色を見送っていたら、じょじょに高度が下がっていることに遅まきながら気がついた。
それで前方へと顔を向ければ、ギサの海の端っこに位置する大きなオアシスの姿が見えた。俺たちがこの地にやってきた際に最初に立ち寄った場所。
砂舟で何日もかかる距離を、ほんのわずかな時間で飛ぶとは、さすがは天空の覇者。
と、感心ばかりもしていられない。
マズイ! このままドラゴンなんかで乗りつけたら、きっとものスゴイ騒ぎになる!
飛行船にて紅いドラゴンと接近遭遇しただけでも、地元の役人やら学者に報道関係なんかが殺到したというのに。
だから俺はおそるおそる声をあげた。
「あのう、じつは少々お願いしたいことがあるのですが」
かくかくしかじか。
このまま崇高なる御身が飛来したら、街が大パニックになってしまうから、どうかご容赦を。
出来うる限り、言葉を選び、丁寧に懇願。
すると俺の誠意が通じたのか、コクンとわずかに首を動かした漆黒のドラゴン。
最寄りの砂山の上に俺たち三人をポイッと放り出した。
さらわれた時ももかなり乱暴だったが、降ろされ方もかなり雑。
どうやら漆黒のドラゴンは細かいことが苦手なようである。
砂山に落とされたおっさん三人組。
勢いのままにゴロゴロと斜面を盛大に転がる。
ようやく止まれたのは中腹のあたり。
俺は自問自答にてカラダの状態を確認。幸いなことにケガとかはなさそう。だが三半規管へのダメージと精神の疲弊がひどくて、すぐには立ち上がれそうにない。キリクとジーンたちも似たようなものにて、「うーん」「気持ち悪い」とうなっている。
仰向けに寝転がっていると、空からキラリとした小さな何かがひらり。
顔の上へと落ちてきた何かに手をのばす。
掴んだのは漆黒のドラゴンのウロコ。
期せずして三枚目を手に入れてしまった……。
もしかしてドラゴンには縁ができた相手には、必ずウロコを贈る習慣でもあるのだろうか?
◇
ギサの海を征く砂舟。
乗客となった俺とキリクとジーン。彼らもしっかり三枚目のウロコを渡されていた。
ドラゴンから砂漠に放り出されたパーティー「オジキ」は、とっても疲れていた。なにやらドッときた。
だから昆虫人(ムシビト)の船乗りであるリープ青年からもらった発煙筒を焚く。
救難信号となる赤い煙が天へとのぼり始めたと思ったら、すぐさま姿を見せたのはリープの操る砂舟。ちょうど俺たちを迎えに砂漠の中心部へと向かうところであったという。
「あれ? フィレオさんたち、なんでこんなところにいるの」
頭の触覚をゆらしながら首をかしげるリープ。
おっさんたちは「あははは」と作り笑いで誤魔化すばかり。
よもや漆黒のドラゴンのお世話になったとは思うまい。もっとも正直に話したところで、きっと信じやしないだろうけど。
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