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207 蒼い盾
しおりを挟む「た、助けて……」
足にこびりついた肉片が増殖し、あっという間に下半身をも呑み込む。
生きながらに喰われる。
冒険者を続けていれば、そんな無残な死もわりと珍しくはない。
けれどもコレはちがう。
肉体が外側から蹂躙される。内側から犯される。己という存在が別の何かに変異していく。自分の中の想い、決意、矜持、魂、すべてが容赦なく否定され上書きされていく。
せめて痛みがあれば、まだよかった。
なぜなら痛みは生きている証、生きていた証、戦ったという証なのだから。
けれどもそれすらもない。淡々と造りかえられていく。自分が自分ではなくなっていく。自己が消滅していく姿を、ただ見ていることしかできない。
それがたまらなく恐ろしい。
首まで肉怪の浸蝕を受けた冒険者。
彼が涙ながらに最期に叫んだ言葉は「殺してくれ! せめて冒険者として死なせてくれっ!」
その眉間に一本の矢が突き立つ。
放ったのはジーン。
直後に手にした斧を振り抜き、俺が首を刎ねた。
似たような光景がそこかしこで拡大している。
次々と倒れては、肉怪の餌食になる者たち。
請われて慈悲を施す者たち。
それは悪夢以外の何物でもなかった。
疲労困憊の怪我人だからとて寝ていられる状況になく、パーティー「オジキ」も肉人らとの戦いに身を投じる。
俺ことフィレオは死んだ冒険者の残した武器を手に参戦。
ジーンは弓矢を駆使し味方を援護。キリクは短双剣を結んだ斬紐にて応戦。
門前に集った冒険者たちは、よく戦った。
けれども敵との相性があまりにも悪すぎた。
刻一刻と状況が悪化していく。
気づけば門を背負う形にて、周囲をすっかり肉人たちに囲まれ、仲間の数も半数近く減っている。
せめて北、南、西、三方面にて勝利を収めた友軍が駆けつけるまではと、奮闘を続けるも一向にその気配がない。
どうやら第三の災厄・肉の壁は、門前のみならず、そちらの方にも新手を送っていたらしい。
敵の方が何枚も上手だった。真に警戒すべきはコイツであったのだ。
『一見すると何でもないことにこそ、注意を払うべし』
そんな冒険者心得が脳裏をよぎるも、時すでに遅し。
抵抗空しく追い詰められ、着実に狭められていく包囲網。
ついに背中合わせのひと塊となった冒険者たち。
そこに姿をあらわしたのは巨大な肉の塊。
肉片にとり憑かれた第五の災厄の骸。
かつて大空を飛翔していたまばゆい銀のカラダは見る影もなく。毛を残らずむしられて竃に放り込まれ、調理された丸焼きのような姿に成り下がっていた。
ツバサが変異したモノが猛然と大地を薙ぎ払う。
◇
迫るのは、かつてツバサであったモノ。
俺は落ちていた盾を拾い、自然とみなを庇うように前へと出ていた。
前衛職の身に沁みついた習性ゆえか、磨き上げてきた盾術の賜物なのかはわからない。
やたらと世界がゆっくりと流れている。
視界が驚くほど鮮明にて、風に舞う砂塵、その粒のひとつひとつまではっきりと識別できる。
けれども音や声はやや間延びしており、いまいちよく聞き取れない。背後からキリクとジーンに呼ばれたような気がする。
絶対絶命の危機に際して、自分が極限の集中状態に入ったことを理解した俺は、素直にこれに従う。
冷静な思考すらもが雑念。感覚に身を委ねる。
何十、何百万とくり返した動作にて盾をかまえる。それは呼吸やまばたきにも似た自然さにて、俺はうれしくてつい目元を細めた。
直後に絶対の圧力が来た!
全身が衝撃に包まれ、塗りつぶされた。
固くて重い、それでいて妙にねっとりとしている。
打撃、突撃、斬撃……、これまで自分が経験してきた、いかなる感触とも異なる攻撃。
押し返そうとするこちらのチカラが呑み込まれる。抵抗がずぶりと肉に埋もれて意味をなさない。破壊と死が、だらりとまとわりついてくる。払うことはかなわない。
相手のチカラを利用して、攻撃へと反転させるのが盾術。的確に中心となる点を捉えて対処することこそが極意。攻の点と守の点が合致するを最上とする。
肉怪はそのような盾術の天敵のような相手。
だというのに、そのとき俺がぼんやりと思い浮かべていたのは、手にした盾への不満。やはりガンツが造ったモノとはちがう。
重心が少し狂っているし、傾斜のつけかたも雑。いい素材が使われているが活かし切れていない。やっぱりガンツの盾が一番だな。戻ったら新しいのを造ってもらわないと。けど、きっとまた怒鳴られるんだろうなぁ。
かすかに笑みを浮かべた俺の奥底にて灯る蒼い炎。
ドクンと心臓が強く鼓動。とたんに全身がカッと熱くなり、身の内に宿る神鉄の成分がざわつく。
異能「点」が発動。
瞬時に視界が暗転。一面の漆黒を埋め尽くさんばかりに、無数の白い点が展開。
満天の星空がかすむほどの膨大な白点。
その中からたったひとつ、明滅している白い点を見つけた俺は、手をのばしコレを掴んだ。
◇
世界がふたたび光に溢れ、色で満ちる。
ゆるやかであった時の流れが勢いを取り戻す。
音も帰ってきた。
響いたのは鈍い衝突音。
上空へと高らかに跳ねあげられたのは、ツバサが変じた肉の塊。
それを成したのは、盾ごと蒼い炎に焼かれている俺の左腕だった。
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