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最終話 ぎろていん
しおりを挟むお世辞にも、わたしは語りが上手な講談師ではなかった。
しかし自分が体験したことを語るのは、伝聞した情報を語るのとはちがった凄みがあり、迫力や臨場感をともなう。
そして話が最高潮に達したところで、ふるわれる脇差での一刀。
はじめは青竹を斬っていた。スコンと小気味よい音が響くたびに拍手喝采を浴びる。
女講談師というのも話題になった。
しかし評判を聞いて、すぐに真似をする輩があらわれて物珍しさが失せた。
けれどもこれは、はなから折り込み済み。
興行の世界に通じていた、あや、てまりの双子の姉妹はこうなることを予見しており、二の矢となるモノをちゃんと用意してあった。
それが水で満たしたお銚子。
無地の安物だが陶器製。
これをきれいにスパッとやる。しかも中の水を一滴たりとも零すことなく。入れ物が割れたり欠けることもない。
刃が通り抜けたあと。うっすらと走った筋から水がにじみ出て、銚子がゆっくりとずれていく様に、観客らの誰もが息を呑んだ。
こうなると尋常ならざる力量が必要となり、誰も真似できなくなった。
そして「さすがは本家本元、やっぱり白雪の妙技はひと味ちがう」との評判がうなぎのぼりに。
粗雑な芸が乱立していたがゆえに、珠玉の技が際立つ。
かくしてわたしは、いささか色物ではあったが、人気女講談師としての地位を早々に確立した。
引く手あまたにて荒稼ぎ。
ついには異国の方からも誘いを受けて、大きな蒸気船に乗り、海を渡って亜米利加くんだりにまでくり出すほど。
あちらでは「サムライガール」と、それはもてはやされたもんさ。
「おいおい。そこはレディじゃないのかい?」
さすがに四十手前の女を捕まえてガールはなかろうと、通訳にたずねたら「日本の女性はとても若く見える。とくに白雪さんはピチピチにて、まさに東洋の神秘ですねー」と言われた。
まぁ、いささかおもはゆかったけれども、そう見えるんじゃあしょうがないと納得する。
で、どこにでもいけ好かない奴はいる。
調子に乗ってる東洋の女に赤っ恥をかかせてへこませてやろうと、西洋の甲冑と日本の刀を持ってきて「これを斬ってみろ」なんぞと言い出す輩が巡業先にいた。
相手としては、西洋の甲冑の前にはじかれた刀を見て、「ほれみたことか。しょせんは侍なんてこの程度よ」と、自分たちの優位性を誇りたかったのであろう。
だが、おあいにくさま。
こちとら甲冑斬りなんぞ、物心つく前から散々にやらされてきた。
それゆえに骨身に染みた技が、刀を握り、甲冑を前にしたとたんに自然と出た。
もちろん全盛期に比べたらほど遠い出来栄えではあったけれども。それこそ初めて人前で技を披露した七歳の時分といい勝負。
それでも仕掛けてきた相手を驚愕させるのには充分であった。
すると一転して、いけ好かない奴は態度をあらためたばかりか、いきなり求婚活動をはじめたものだから、あれにはまいったね。
行く先々にまでついてきては、ところかまわず愛を叫ぶ。
おかげでこちとら恥ずかしいったらありゃしない。
あれには本当に辟易させられたよ。
◇
女講談師としてわたしが活動したのは、三十五から五十歳手前の約十五年間。
うっかり倒れたひょうしに利き腕の肘をやって、どうにも上手く脇差をふるえなくなったのを期に辞めることにした。
気づけば明治の世も二十五年を数えており、東京はすっかり様変わりしつつある。
人はどんどん増えているし、やたらと背の高い建物も増えたし、馬車鉄道が通って移動がそこそこ楽になった。
そりゃあ亜米利加さんと比べるとまだまだだけれども、追いつけ追い越せと、とにかく鼻息が荒い。この分ではそう遠くないうちに、いいところまで行くかもしれないね。
娘たちも全員良縁に恵まれた。
すでに孫もたくさんいる。
なぜだか揃って女ばかりだけれども。
今日はあやとてまりのところの家族と、浅草から上野の動物園見物へとしゃれ込む。
孫たちは抹香臭い寺なんぞよりも、早く動物園へ行きたいらしいのだが、それを抑えてまで浅草に寄ったのは、そこで催されてあった見世物小屋に立ち寄るため。
古今東西の拷問器具やら処刑道具なんぞを集めた、おどろおどろしい内容。
俗にいう怪奇猟奇趣味というやつ。
すべて実際に使われていたということが売りになっており、会場はなかなかの盛況ぶり。
かつて鈴ヶ森や小塚原の刑場に見物人が足繁く通っていたのと同じにて、江戸の昔から「怖いもの見たさ」という人の心だけは、ちっとも変わっちゃいない。
見世物の中で、一番人気は鉄の乙女とかいう、人型の檻。
内部がトゲトゲになっており、入ったが最後、絶対に助からないシロモノ。
他にも多数奇怪な品が並んでおり、どれもこれもが狂気の産物。
そんな中にあって、お目当ての品を見つけたわたしはそこで立ち止まる。
幼少期に、巳之助に見せてもらった仏蘭西の本。そこにあった絵、そのままの姿をしている断頭台。
「やれ、ようやく念願かなって本物の『ぎろていん』をじかに見れたよ。亜米利加は絞首台ばっかりだったからねえ。アレはいかん。なんというか品がない。終わったあとにぶらぶらするのが、男の股間みたいでたいそう見苦しい。それに比べてこっちはいいねえ。やっぱりキレイなからくりだよ、こいつは。うん、無駄がないのがすばらしい」
わたしが展示されているギロチンの前にて「うんうん」独りごちていたら、隣から「そうですなぁ」と同意を示す男の人の渋い声。
誰かと思って顔を向けようとしたのだけれども、ちょうどそのとき孫たちに「白雪ばあちゃん、早く早く」と袖を引かれてせっつかれてしまう。
ついそちらに気をとられてしまい、ふたたび顔を向けたときには、すでにわたしの隣にそれらしい人物の姿はなかった。
あわてて探すと、人混みの流れに逆らうかのようにして遠ざかっていく、大柄な老紳士の背中があった。
まるでどっしりとした頑強な火の見やぐらのような……。
「ほら、早く行こうよ。お母さんたちも待ってるよ」
左右の手をいっしょに引っ張られて、わたしの思考は中断する。
「はいはい、わかったわかった」
孫たちをなだめつつ、わたしはいま一度ちらりと「ぎろていん」を見てから、娘たちが待つ方へと歩きだした。
―― 御様御用、白雪(終) ――
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完結ありがとうございました。
実に面白く、厚みのあるお話でした。
最後の最後にギロチン前にて言葉を交わした二人の首斬り。
いやぁ。
良かった(^ω^)
余人には、決して判らぬ思いであるのでしょうね。語りすぎる事なく、謎めいた問いかけをするでも無く。実に素晴らしい。
次のお話も、楽しみに待っています。
ええと。
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