御様御用、白雪

月芝

文字の大きさ
29 / 29

最終話 ぎろていん

しおりを挟む
 
 お世辞にも、わたしは語りが上手な講談師ではなかった。
 しかし自分が体験したことを語るのは、伝聞した情報を語るのとはちがった凄みがあり、迫力や臨場感をともなう。
 そして話が最高潮に達したところで、ふるわれる脇差での一刀。
 はじめは青竹を斬っていた。スコンと小気味よい音が響くたびに拍手喝采を浴びる。
 女講談師というのも話題になった。
 しかし評判を聞いて、すぐに真似をする輩があらわれて物珍しさが失せた。
 けれどもこれは、はなから折り込み済み。
 興行の世界に通じていた、あや、てまりの双子の姉妹はこうなることを予見しており、二の矢となるモノをちゃんと用意してあった。
 それが水で満たしたお銚子。
 無地の安物だが陶器製。
 これをきれいにスパッとやる。しかも中の水を一滴たりとも零すことなく。入れ物が割れたり欠けることもない。
 刃が通り抜けたあと。うっすらと走った筋から水がにじみ出て、銚子がゆっくりとずれていく様に、観客らの誰もが息を呑んだ。
 こうなると尋常ならざる力量が必要となり、誰も真似できなくなった。
 そして「さすがは本家本元、やっぱり白雪の妙技はひと味ちがう」との評判がうなぎのぼりに。
 粗雑な芸が乱立していたがゆえに、珠玉の技が際立つ。
 かくしてわたしは、いささか色物ではあったが、人気女講談師としての地位を早々に確立した。

 引く手あまたにて荒稼ぎ。
 ついには異国の方からも誘いを受けて、大きな蒸気船に乗り、海を渡って亜米利加くんだりにまでくり出すほど。
 あちらでは「サムライガール」と、それはもてはやされたもんさ。

「おいおい。そこはレディじゃないのかい?」

 さすがに四十手前の女を捕まえてガールはなかろうと、通訳にたずねたら「日本の女性はとても若く見える。とくに白雪さんはピチピチにて、まさに東洋の神秘ですねー」と言われた。
 まぁ、いささかおもはゆかったけれども、そう見えるんじゃあしょうがないと納得する。

 で、どこにでもいけ好かない奴はいる。
 調子に乗ってる東洋の女に赤っ恥をかかせてへこませてやろうと、西洋の甲冑と日本の刀を持ってきて「これを斬ってみろ」なんぞと言い出す輩が巡業先にいた。
 相手としては、西洋の甲冑の前にはじかれた刀を見て、「ほれみたことか。しょせんは侍なんてこの程度よ」と、自分たちの優位性を誇りたかったのであろう。
 だが、おあいにくさま。
 こちとら甲冑斬りなんぞ、物心つく前から散々にやらされてきた。
 それゆえに骨身に染みた技が、刀を握り、甲冑を前にしたとたんに自然と出た。
 もちろん全盛期に比べたらほど遠い出来栄えではあったけれども。それこそ初めて人前で技を披露した七歳の時分といい勝負。
 それでも仕掛けてきた相手を驚愕させるのには充分であった。
 すると一転して、いけ好かない奴は態度をあらためたばかりか、いきなり求婚活動をはじめたものだから、あれにはまいったね。
 行く先々にまでついてきては、ところかまわず愛を叫ぶ。
 おかげでこちとら恥ずかしいったらありゃしない。
 あれには本当に辟易させられたよ。

  ◇

 女講談師としてわたしが活動したのは、三十五から五十歳手前の約十五年間。
 うっかり倒れたひょうしに利き腕の肘をやって、どうにも上手く脇差をふるえなくなったのを期に辞めることにした。
 気づけば明治の世も二十五年を数えており、東京はすっかり様変わりしつつある。
 人はどんどん増えているし、やたらと背の高い建物も増えたし、馬車鉄道が通って移動がそこそこ楽になった。
 そりゃあ亜米利加さんと比べるとまだまだだけれども、追いつけ追い越せと、とにかく鼻息が荒い。この分ではそう遠くないうちに、いいところまで行くかもしれないね。
 娘たちも全員良縁に恵まれた。
 すでに孫もたくさんいる。
 なぜだか揃って女ばかりだけれども。

 今日はあやとてまりのところの家族と、浅草から上野の動物園見物へとしゃれ込む。
 孫たちは抹香臭い寺なんぞよりも、早く動物園へ行きたいらしいのだが、それを抑えてまで浅草に寄ったのは、そこで催されてあった見世物小屋に立ち寄るため。
 古今東西の拷問器具やら処刑道具なんぞを集めた、おどろおどろしい内容。
 俗にいう怪奇猟奇趣味というやつ。
 すべて実際に使われていたということが売りになっており、会場はなかなかの盛況ぶり。
 かつて鈴ヶ森や小塚原の刑場に見物人が足繁く通っていたのと同じにて、江戸の昔から「怖いもの見たさ」という人の心だけは、ちっとも変わっちゃいない。
 見世物の中で、一番人気は鉄の乙女とかいう、人型の檻。
 内部がトゲトゲになっており、入ったが最後、絶対に助からないシロモノ。
 他にも多数奇怪な品が並んでおり、どれもこれもが狂気の産物。
 そんな中にあって、お目当ての品を見つけたわたしはそこで立ち止まる。
 幼少期に、巳之助に見せてもらった仏蘭西の本。そこにあった絵、そのままの姿をしている断頭台。

「やれ、ようやく念願かなって本物の『ぎろていん』をじかに見れたよ。亜米利加は絞首台ばっかりだったからねえ。アレはいかん。なんというか品がない。終わったあとにぶらぶらするのが、男の股間みたいでたいそう見苦しい。それに比べてこっちはいいねえ。やっぱりキレイなからくりだよ、こいつは。うん、無駄がないのがすばらしい」

 わたしが展示されているギロチンの前にて「うんうん」独りごちていたら、隣から「そうですなぁ」と同意を示す男の人の渋い声。
 誰かと思って顔を向けようとしたのだけれども、ちょうどそのとき孫たちに「白雪ばあちゃん、早く早く」と袖を引かれてせっつかれてしまう。
 ついそちらに気をとられてしまい、ふたたび顔を向けたときには、すでにわたしの隣にそれらしい人物の姿はなかった。
 あわてて探すと、人混みの流れに逆らうかのようにして遠ざかっていく、大柄な老紳士の背中があった。
 まるでどっしりとした頑強な火の見やぐらのような……。

「ほら、早く行こうよ。お母さんたちも待ってるよ」

 左右の手をいっしょに引っ張られて、わたしの思考は中断する。

「はいはい、わかったわかった」

 孫たちをなだめつつ、わたしはいま一度ちらりと「ぎろていん」を見てから、娘たちが待つ方へと歩きだした。



 ―― 御様御用、白雪(終) ――



しおりを挟む
感想 8

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(8件)

荒谷創
2020.06.26 荒谷創

完結ありがとうございました。
実に面白く、厚みのあるお話でした。
最後の最後にギロチン前にて言葉を交わした二人の首斬り。
いやぁ。
良かった(^ω^)
余人には、決して判らぬ思いであるのでしょうね。語りすぎる事なく、謎めいた問いかけをするでも無く。実に素晴らしい。

次のお話も、楽しみに待っています。

解除
荒谷創
2020.06.23 荒谷創

ええと。
切腹の介錯なのであれば、首の皮一枚残して斬り、首を落としてはいけません。
斬首と介錯は意味合いが違うので。
勿論、その後に切り離す訳ですが。

解除
荒谷創
2020.06.18 荒谷創

江戸末期だと、早ければ十歳前でも嫁入りしてますし。
ただただ斬る事だけやっていた白雪と比べてもねぇw

解除

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。