ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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362 三角関係

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 午後の昼下がり。
 教室の窓辺にて、独り黄昏ていたのはポニーテールのリョウコちゃん。
 パンツルックの似合う抜群の運動神経を持つ彼女はサッカー少女。地元のチームからスカウトされて加入。以降はメキメキと頭角を現し、いまでは上級生らに混じって試合に参加するほどの腕前。
 いかにもサバサバした体育会系ながらも、幼稚園の年少さんの弟の面倒もよくみる家庭的な一面も。
 おそらく将来、このギャップにてめっちゃモテそうな予感をひしひしと漂わせている彼女ではあるが、雨の日にてグラウンドが使えないわけでもないのに、この時間に教室にいるのは非常に珍しい。
 しかもなにやらアンニュイな雰囲気にて、ますます男前っぷりに拍車が。
 これは将来的に演劇の道へと進んで、某劇団にて男役のトップスターとかも狙えそう。

「ふぅ、まいったな。……どうしよう」

 この意味深な発言を耳にして、ついにこらえきれなくなったミヨちゃん。
 つつつと近寄り声をかえた。

「どうしたのリョウコちゃん。なにかお悩みごと?」
「ミヨちゃんか、うーんと、じつは……」

 今朝方、小学校へ行くまえに弟を幼稚園へと連れて行ったリョウコちゃん。
 いつもは母親が連れていくのだが、今日は用事があったのでお姉ちゃんがその役目を仰せつかる。
 弟の通っている幼稚園は、朝の九時開園ながらも八時から児童の受け入れをしてくれるので、いつもより早めに家を出て、なにかと愚図る幼い弟をあやしながら、どうにか到着。無事に先生へとバトンタッチ。
 朝から一仕事をおえてやれやれ。

「いつもえらいわねえ」などと先生方から褒められたりして、少しばかり立ち話をしていたら、そんなリョウコちゃんのシャツの裾をくいくいと引っ張る者が。
 見れば小さな女の子が自分を見上げている。
 円らな瞳にてモジモジ。なにやら訴えたいことがあるようにて、すぐに察したリョウコちゃん。しゃがんで彼女に目線を合わせ「どうしたの? わたしに何か用事かな?」
 さりげにこんな真似が出来るスマートな小学二年生が、はたして世間にどれだけいるだろうか。
 学年のわりには、すでに四年生ぐらいも背の高いリョウコちゃんが、その長い脚にて片膝をつく姿は、まるで絵本に登場する王子様のよう。
 ちょこちょこ弟絡みにて幼稚園に顔を出しているリョウコちゃん、実は周囲の大人たちも密かに「将来たのしみね」なんて言っているのを彼女は知らない。
 そして大人ですらもがそう感じる男前なのだから、それが幼子の視線であれば、一層キラキラ度が増すみたいで……。

「これ」

 ただひと言にて、渡されたのはピンク色の可愛らしいお手紙。
 覚えたてのひらがな、拙い文字ながらも一生懸命に書いたであろう、それはいわゆるラブレターというものであった。
 手紙を渡すと、女の子はタタタと駆けて園の建物の中へ。
 そして何故だか、窓から自分の弟がもの凄い形相にて、こちらを睨んでいる。
 愛憎が一挙に来襲して、さしものリョウコちゃんも困惑。
 とりあえず弟に理由をたずねようとしたら、窓をピシャリと締められて対面を拒絶された。なんとも不可解な態度にて、これにますます困惑を募らせることに。

「どうおもう? それにやっぱり返事もしなくちゃダメだよなぁ。気持ちはうれしいけれども、とりあえずここは穏便に」

 そう悩むリョウコちゃん。
 女の子の気持ちはうれしいけれども、さすがに幼稚園児とは付き合えない。
 でも相手を傷つけたくはないので、どうには軟着陸を模索している。
 あと弟の態度もどうにも解せない。
 友のお悩みを受けて、ミヨちゃんはこう答えた。

「女の子の方は定番の『まずはお友達から』でいいと思うよ。さすがに年少で失恋を味わうのはむごすぎるもの。あと弟さんはきっと嫉妬だね」
「嫉妬? 誰が? 誰に?」
「そんなの決まってるじゃない! お姉ちゃんであるリョウコちゃんが盗られるかもしれないと考えた弟くんがだよ。ずっと自分だけのお姉ちゃんだったのに、そこにちょっかいを出してきた奴がいた。これは弟くんにとって、ゆゆしき問題だよ。侵略だよ。黒船しゅうらいだよ」

 一気にまくし立てたミヨちゃん。しかしこの意見にはリョウコちゃん「えー」
 あげくにここからドロドロの姉と弟のメロドラマな三角関係がはじまるとか言われて、心底、いやそうな渋面を浮かべた。
 いかにも少女マンガ好きのミヨちゃんが考えそうな、ストーリー。
 これを受けて、じっとそばで二人の会話を聞いていたヒニクちゃんが、おもむろにその口を開く。

「たぶん、それ、ベクトルがちがう」

 年少さんの女の子はリョウコちゃんが好き。
 年少さんの弟くんは、お姉さんが好き。これはきっと正しい。
 でもそれはあくまで肉親として。彼の本命はたぶん女の子の方。
 つまり自分の好きな子が姉に告白してのジェラシー。
 あら? だったら三角関係というのも、あながち外れていない?
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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