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063 兄帰る
しおりを挟むみんなが見守る中、船がゆっくりと入港してくる。
桟橋に横づけされ、タラップから降り立つ一団が姿をあらわすなり、ドッと大歓声が起きた。
出迎えに集まった島民らに、手を振り応えるのは雄々しい鬣(たてがみ)のごとき黒髪を持つ長身の男性である。端整な顔立ちはきりりとしており、よく灼けた肌と相まって精悍さが滲み出ている。軍服の上からでもわかる引き締まった肉体は、厳しい軍隊生活の中で磨かれたもの。ぱっと見には類人に近い容姿をしている。だが、よくよく見てみればケモ耳と尻尾がある。人寄りの姿をした獣人にて、彼こそがコウケイ国の次代を統べるラジール王子であった。
ラジール王子の横にはひとりの女性の姿がある。
王子の軍服が濃い緑を基調としたものに対して、彼女のは黒の色違い。おそらくは所属する部署による違いなのだろう。
遠目にも映える銀の長髪が海風にたなびく。王子の隣にいても遜色ないほどの高身長ながら、それでいて女性らしさがいささかも損なわれていない。足が長く腰の位置が高い。すらりとしておりスタイルがいい。まるで世界的なファッションモデルのようだ。
彼女こそがムクラン帝国の王女様にして、連合軍の監査部に所属するキャリアウーマンであらせられるアリエノール・ウル・ムクランにて、類人の女性である。
帝国の王族とはいえ、王位継承権は第二十八位という末端も末端。派閥なんてものはなく、もとより王位争いにも興味なし。家柄や血筋に頼ることなく己の実力で、現在の地位を獲得したという。
全身から溢れる自信と気品……
仕事をバリバリこなすかたわらで、恋愛は肉食系にて押せ押せだというのだから恐れ入る。
爪を隠さないタイプの能あるタカ、じつにカッコいい女性である。
――なんぞということをつらつらと。事前に仕入れた情報を反芻しながら、港に詰めかけた聴衆にまぎれて枝垂がこっそり見物をしていたら、不意にアリエノールの顔がこっちを向いた。
枝垂はドキリ! 慌てて顔を伏せる。
澄み渡る蒼穹を彷彿とさせるような双眸と目が合った……ような気がする。
ひょっとしてこっそり隠れ見ていたことがバレた?
いや、さすがにそれはありえないだろう。ほら、あれだ。コンサートとかにいったときに、たまたま自分の方を演者が向いて、それで「自分と目が合った!」と勘違いしてはしゃぐ熱烈なファン心理みたいなの。きっとそうに違いあるまい。
だが、妙な冷や汗が背中を伝う。枝垂は怖くて顔を上げられなかった。そのまま身を低くしてスススと後退り。
「たまたまなのか、それとも……。なんにせよ若くして監査部に抜擢されたのは伊達じゃないってことか。念のためにと用心して見に来て正解だった。もしも初対面でいきなりあの瞳に見つめられたら、ろくに抵抗できなかったはず。おー、くわばらくわばら、みんなの言う通り、あの人には極力近づかない方が良さそうだね」
枝垂はそそくさと退散することにした。
☆
長らく国元を離れていた王太子が一時帰国する!
しかもお嫁さん候補を連れてきた!!
その女性は、なんとムクラン帝国の王女さま!!!
まだ正式に決まった話ではないとはいえ、さすがにこれは本決まりであろう。よほどのことでも起きなければ、まずナシにはなるまい。
いちおう彼らが最果ての島にやってきたのは、あくまで調査団の職務の一環にて「星クズの勇者への見舞いと聴取」という名目なのだが、民草はその辺の事情を知らない。
というわけで、港から王城へと向かう一行は、さながら凱旋パレードのごとき扱いを受けては、花びらと声援にて盛大に迎えられた。
だが、これは王城側の策でもある。
盛大にもてなし、浮かれてどんちゃん騒ぎ。
歓待と接待の押し売りにて、怒涛の寄り切り。余計なことをする時間も、考える暇も与えず、煙にまくつもり。
いっそのこと酒に睡眠薬でも混入し、滞在期間予定となっている七日の間中、ずっと寝て過ごさせるかという案もあったのだが、さすがにそれはやめた。
成功しても失敗しても、将来に禍根を残しかねないので。
嫁と姑と小姑が、夫の実家でギスギスするとか、想像するだけで胃が痛くなるもの。
枝垂との接触はなるべく避け、まずは慎重にアリエノールという人物を見極める。
息子の嫁としてふさわしいのか、未来の王妃として問題はないのか、話がわかる相手なのか、公と私のどちらに重きを置くのか、などなど。
最悪、仕事をとるのか、恋人をとるのか、究極の二択を彼女に迫ることになるかもしれない。
様々な思惑が交差する、波乱含みの歓迎の宴がいよいよ幕を開けようとしている。
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