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093 海底大空洞

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 よくよく足下に注意していないと気がつけないほどに、緩やかな下り坂が延々と続いている。
 ところどころ脇道はあるものの、迷路のように入り組んではいない。
 青の洞窟は、ほぼ真っ直ぐに南南西へとのびている。
 進むほどに気温がほのかに上昇していること以外は、ほとんど変化がない。
 危険な生物の姿も見当たらず、静かなものだ。

「よし、ここいらでいったん休憩にしよう」

 ナシノ女史の提案にて、一行は足を止めた。
 水魔法を遣える隊員が用意してくれた水で喉を潤し、枝垂のカリカリ梅で小腹を満たし、塩分補給と疲労回復を行う。
 ジャニスとナシノ女史はコップ片手に「さて、どうしたものか」と思案中である。
 なにせここまで歩いた距離や時間を考えれば、現在地は海の下だからだ。方角的に本土の方へと向かっているとおもわれる。
 つまり枝垂たちはいま海底洞窟にいるということ。

「さて、このまま進むべきか。それとも一度引き返して、装備と人員を整えてから出直すべきか」
「隊の規模をこれ以上にすると、それだけ物資を運び込まないといけません。進軍速度も落ちるでしょう。物資に関してはマヌカが同行できればいいのですが……。それにあまり大人数で押しかけたら、ハチノヘたちに警戒されてしまうかも」

 マヌカは希少な闇魔法の遣い手にて、転移や亜空間収納が使える。
 いちおう枝垂も「梅蔵」の能力により大量の荷を運べるものの、使用するにはいろいろと面倒な制約があるので、使い勝手ではマヌカに軍配があがる。
 それに様々な恩恵をもたらしてくれるハチノヘたちとは、今後ともよき隣人でありたいので、武力衝突だけはなんとしても避けたいところ。

「とはいえ、あまり長々と潜っているわけにもいかないからねえ。遅くなり過ぎたら城の連中が心配するだろうし」
「そのことなのですが、ナシノさま。ハチノヘは素早く動けるようですが、トリとは違ってあまり長時間は飛べぬようです。このことから、さほど遠くからやってきたのではないのかと」
「う~ん。だとすれば、じきにどこかに出るとジャニスはにらんでいるんだね」
「はい」
「そうか……だがさすがにこんなところで野営をするわけにもいくまいよ。どれ、もう少し様子を見てダメそうならば、引き返すとしようか」

 今後の方針を決めたところで休憩を切り上げる。
 一行はふたたび前へと進む。
 と、そのまえに忘れないうちに岩肌に矢印を刻んだ。目印だ。こうしておけばとりあえず進行方向を見失うことはない。いかに緩やかな下り道とはいえ、ほぼ平らゆえに最低限の保険はかけておく必要がある。何か不測の事態が起きたときに、混乱して前後を見失っては、同じところを行ったり来たり……なんてこともあるから油断ならない。

  ☆

 不測の事態が起きた。
 それも予想の範囲を遥かに超える規模にて。
 はたしてジャニスの読み通りとなり、ほどなく青の洞窟を抜けた先で一同あんぐり。

「なんだい、ここは……」

 ずっと青い薄闇の中であったのに、いきなり明るい場所に出たもので、ナシノ女史は目をしばたたかせている。

「広い。大きな都がまるごと収まるほどもあるぞ」

 ジャニスはその光景に息を呑む。
 洞窟を抜けた先は窪地、一行の前にあらわれたのは海底の大空洞であった。

「海の底なのに、森や湖にお花畑まである。それに……あれは人工の太陽?」

 にわかには信じられない光景を前にして、枝垂は目を見張るばかり。
 しかもただの大空洞ではない。地上と変わらぬ不思議な空間である。
 そう、まるで天狼オウランの失楽園の欠片のよう。
 ただし、天井にある光源がざっと数えただけでも三十を越えているけれども。ひとつひとつは小さいけれども、直視できぬほどに眩しい。それらが居並ぶことで空洞内を照らしており、まるで真昼のようだ。

 そんな場所の中央には、六角形の巨大な柱のような建造物が、いくつもそびえ立っている。
 蜜蝋色をしている。団地っぽい造りだが、よくよく目を凝らして見てみれば、それは正六角形を並べたハニカム構造の集合体にて。

「えっ……、もしかしてあれがキミのお家なの?」

 枝垂が訊ねれば、胸元にしがみついているハチノヘの迷子が「キュキュキュ」と鳴いて、羽根をプルプル震わせ返事をした。
 どうやらそういうことらしい。
 にしてもデカいな、マンモス団地だ。いったい何部屋あることやら。
 余裕で万とか越えていそうなのだけれども……

 でも、のんびりしていられたのはここまでであった。
 突如として森の一部が爆ぜて、土煙があがる。
 とたんに空洞内の空気がザワつき、張り詰めたものへと変じた。

 もうもうと舞い上がった土煙――その向こうに、何かがいる!


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