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151 漂流船

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 ギガラニカには大小の島はあるが、大陸はひとつきり。
 それに世界は平面にて球体ではない。
 真っ直ぐ進んだら最果ての大瀑布に呑まれて、何処かへと墜ちていく。
 それに陸近くの海ならばともかく、ひとたび外海に出ればとたんに荒れ狂う天候と波に翻弄され、凶悪な海洋生物たちの脅威にされされる。
 ばかりか、沖へ向かうほどに大気中の魔素が薄くなり、魔法を上手く発動できなくなる。船に搭載している動力の魔導機も不具合を起こし、たちまち立ち行かなくなる。
 高所に行くと酸素が薄くなってヒトがろくに動けないのと同じ。
 陸に住む者を拒む活動限界領域――外海には近づかないのが無難だ。

 だからであろうか、ギガラニカでは地球のように海軍が発展していない。
 活躍の場がほとんどないからだ。大きな湖と河川のあるラグール聖皇国などの一部の国が水軍を保有しているが、たいていは陸軍傘下の一部門として組み込まれている。
 そして海岸で軍船を遊ばさせていられる余裕なんぞは、貧しい沿岸部の国々にはない。
 なおコウケイ国は島国だがとっても貧乏なので、軍船なんぞは保有していない。
 代わりに漁港にて自警団を結成しており、海での有事の際には彼らを中心にして動くことになっている。コウケイ国の漁師たちは予備役という側面を持つ。

  ☆

 それはある日のことであった。
 風もなく波も穏やかな夜の海にて。
 当番にて島の周辺域をパトロールしていた漁船が、沖合にて異様な漂流物を発見する。
 形状からしておそらくは船なのだろう。
 だが、それはあまりにも大きかった。
 推定五百メナレはあろうかという長大な鉄の塊。
 漁船はさっそく山のような船橋に向けて、照明で合図を送ってみる。

 ……
 …………
 ………………

 応答はなし。
 おそるおそる漁船を船体に寄せてみる。
 船腹が高い。近づくとまるで断崖絶壁を見上げているかのようだ。
 圧倒的な存在感を前にして、漁船の乗組員たちはみなあんぐり。

「なんじゃこりゃあ!」
「でけぇ、にしても見たことのねえ船だ」
「おいおい本当に船なのかよ? まるで海に浮かぶ城じゃねえか」
「こんなもの、いったいどこから流れてきたんだろう」
「すぐに通信機で漁協に連絡を!」

 連絡を受けた漁協は謎の巨大船の出現に色めき立つ。
 当然ながら城にもすぐに報告があがって、深夜にもかかわらず城内は騒然となった。
 そんな漂流船だが、正体が知れたのは朝になってからのこと。
 騒ぎに気づかず朝までぐっすり寝ていた枝垂が、学校に登校してから興奮しているクラスメイトたちより漂流船の特徴を聞くなり。

「あれ、それって大型タンカーじゃないのかな」

 タンカーは枝垂のいた世界、地球では欠かすことのできない海洋輸送船である。主に運んでいるのは石油とか液化天然ガスや化学物質などである。
 にしても、話を聞いた限りでは、タンカーの中でも最大級のものではなかろうか。

 じつは地球側から星骸や赤霧が堕ちてくるだけでなく、向こうの世界のモノがなんらかのひょうしに、次元の裂け目やら穴を通ってこっちの世界に渡ってくることが、ときおり起こる。
 とはいえ、世界線を越える際に、ほぼほぼ原型を留めないぐらいにぐちゃぐちゃになることがほとんど。
 だからギガラニカ側にて発見されたとて「ナニコレ?」となるのが大半だ。
 それがほぼほぼ無傷の状態であらわれた。
 かつてないことだ。
 物事には原因があり結果がある。
 世界線、次元の狭間にて異常が発生しているのか、もしくは地球側で重篤な何かが起きたのか。

 なんにせよ星クズの勇者としては、一度その漂流船とやらを確かめる必要があるだろう。
 うっかり燃料漏れとか起きたら大惨事になる。島国であるコウケイ国にとっては致命的だ。 
 枝垂はマヌカ先生に事情を説明して、早退させてもらうことにした。


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