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216 黙示録の獣

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『わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十本の王冠があり、頭には神を冒涜するさまざまな名が記されていた。わたしが見たこの獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた(新約聖書より)』

 荒野の空を覆う雨雲が突如として割れた。
 その裂け目から、透明な塊がぼとりと落ちてきたとおもったら、ドンっともの凄い衝突音にて地が揺れた。
 直後に突風が四方へと押し寄せ、黒い雨粒が横殴りに吹きつける。
 ぬかるみは波打ち、泥が跳ね暴れる。
 落ちてきたものが風の塊にて、起こったのはある種の下降気流――ダウンバーストに近しい現象だと気づいたときには、すべてが通り過ぎたあとであった。

 ウ~~~~
  ウ~~~~
   ウ~~~~

 いささかくぐもって間延びした音……
 気の抜けそうな警報音がまだ続いている。
 どうやらスピーカーが設置されている即席の物見やぐらが、風で薙ぎ倒されたらしい。
 ダウンバーストに襲われた時、軒先にて雨宿りをしていた枝垂もまた風の洗礼を浴びていた。正面から吹く風に押し倒され転倒する。
 気を失うほどではなかったが、けっこうな衝撃であった。

「イタタタタ、尾てい骨を打った。にしても、いまのはいったい何だったんだ?」

 腰の辺りをさすりながら立ち上がった枝垂は、周囲の様子に安堵するも、同時に眉根を寄せた。
 陣地は健在だ。多少の暴風の被害は受けているものの、ちょっとモノが飛んだり、倒されたりした程度ですんでいる。一番の被害は泥まみれになったことぐらいだろう。人的被害も極めて軽微そうだし。
 なのに枝垂が表情を険しくしていた理由は、陣地の外にあった。

 灰色の世界がそこにはあった。
 いつ発生したのか、濃霧が垂れこめている。
 この光景を目の当たりにした枝垂は、一瞬、曇天がそのまま落ちてきたのかと思った。
 だが、これは奇妙な話だ。ふつう、台風みたいな天気が過ぎたあとには天気が回復するはずなのに……
 枝垂が訝しんでいると、警報に混じってどこからともなく聞こえてくる音がある。

 パカラ…………パカラ…………パカラ…………

 これまた気が抜けそうなのは、ウマの蹄の音か?
 よくよく耳を澄まし音の出処を探れば、聞こえていたのは霧の彼方から。

 パカラ……パカラ……パカラ……

 音がより明瞭となっている。どうやらゆっくりとだが、こちらに近づいているらしい。
 けれどもここは荒野、すべての生命を拒む場所だ。
 野生のウマなんぞがいるはずもない。
 ということは――

 荒野にびゅるりと冷たい風が吹く。
 霧の切れ間から足音のヌシの姿がチラリと見えた。

 奇妙、面妖、奇天烈、妙ちきりん、奇怪、けったい、狂逸、奇異、奇矯、異常、突飛、不気味、きっかい、幻妖、不可思議、奇々怪々……

 これをなんと言いあらわしたらいいのであろうか。
 枝垂の拙い語彙力(ごいりょく)では、適当な言葉が思いつけない。

 十本の角と七つの頭を持つ獣がいた。
 巨大なトラかヒョウのようなカラダにて、四肢はクマのごとく太く逞しいのに、歩く音がパカラパカラと軽妙なのは、足に凶悪な爪だけでなく蹄もあるせいであろうか。
 首がやたら長い、まるで土管をのせているかのようだ。
 その上に七つの顔があるのだが、獅子と人をかけ合わせたかのような気持ちの悪い面相にて、どいつもこいつも口元から牙をのぞかせ、ヘビのような赤い舌をちろちろとさせては、厭らしい笑みを浮かべている。
 頭に生えた角はてんでバラバラにて、いろんな獣の寄せ集め。
 およそ生き物としての機能性や統一性がなく、世の理や調和を嘲笑うかのようなふざけた容姿は、ひと目すれば誰もが嫌悪感を抱かずにはいられないだろう。

 星骸二十二号、ついに降臨す!


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