青のスーラ

月芝

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45 アラクネのシーラさん

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 色々あった北の湖でのバカンスも終了。
 無事に屋敷に戻ってきたが、別荘を発つ際が大変だった。

「まだねぇ。グロアぢゃーん」
「メーザぢゃん。ひっぐ、まだね」

 幼児号泣。
 まぁ、二人ともまだ四歳児だしね。
 専従メイドのルーシーさんまでが、一緒になって泣いていたのは謎だが。
 この五日間、ピッタリくっついている姿は、まるで本当の姉妹のようだった。
 どうか今後とも、よき友情を育んでもらいたい。

 そんな理由でクロアが、いささか気落ちしている。
 料理長のお菓子を食べても元気にならない。
 ちょっぴり寂しくなったみたい。こればっかりはしょうがない。
 だというのに動揺したアンケル爺が暴走。
 本気で孫のためにメーサを養子に取ろうかと考えて、執事長のクリプトさんやメイド長のエメラさんに止められていた。

 孫娘のことになると無茶をする爺だが、それ以外は極めて優能。
 彼が管轄している地区の町村や街には、一切スラムの類が存在していない。人が集まるところには貧民窟が自然発生するものだが、その種となるべきモノを徹底的に潰す。雇用対策、景観維持、治安、物価調整、経済の流動化、戸籍管理、孤児の保護、母子家庭の支援……およそ考えつく限りの施策を実施。
 辺境のキャラトスにもスラムが見当たらなかったのは、爺の助言が入っていたからというから恐れ入る。
「区別あっても差別なし」を実現しようと邁進する。
 それがアンケル・ランドクレーズという男。
 悔しいがカッコいい老人である。

 そんな爺が本気を出した成果が、彼のお膝元にいくつもある。
 普通とはかなり趣が違う場所。
 地域特性というより、種族特性に特化した地域。
 体が大柄なオーガ系の人たちが住む地域は、全体の造りが大型になる。
 下半身が馬であるケンタウロス系の人たちが住む地域は、段差が少なく平屋が多い。また広い運動場が備え付けられている。
 エルフ系の人たちは自然や木造建築を好むので、森と町が混在したような形になっている。

 この世界での神の教えは「みんな仲良く」が基本。
 高い知能を有し、意志の疎通が可能ならば等しく人となる。
 とはいえ種族が違えば姿形も生活習慣も考え方も、在り方すらも違う。
 だから爺は考えた。
 一か所ですべての人を満足させるなんて不可能。
 実現出来もしない夢物語に、貴重な予算と労力と時間を割くのは無駄。
 だったら初めから各々の種族に適した生活環境を整え、それらをきっちりと繋ぐことで、一つの巨大な共同体としてしまおうと。
 だから分ける。キチンと区別する。

 同種系統が集まって、自然発生的に町村へと派生するケースは数々あれど、開発当初から計画的に区別し、より快適な住環境を目指すのは非常に珍しい。なにせ手間がかかる。ましてや幾つもの系統を取り込んでの大規模となると、国内初の取り組みなのだとか。

 アラクネと呼ばれている人達がいる。
 容姿は下半身が蜘蛛で上半身が人間。
 体はデカい。二メートル超えが当たり前。
 巨体に似つかわしくない素早い動き。多脚ゆえにどんな難所もへっちゃら。
 力も強くて、ちょっとした太さの木ぐらいならば腕力でポッキリ。
 自分で出した糸を巧みに操る。
 糸は、色、強度、太さ、粘性などの性質を自在に変化。
 羽よりも軽いものから、何でも切断するワイヤーソーまでという幅広さ。
 その糸により編まれた布は天上の肌触り。びっくりするぐらいの高値で売買されている。
 超硬質ワイヤーソーに至っては、大概のモノをスパンと一刀両断。
 たぶん五人もいれば城が落ちるんじゃないのか、というぐらいに強い人たち。
 しかし彼らはそんなことを絶対にしない。
 生来が、とっても温厚な気質の人たちだからだ。
 女性陣はこれに輪をかけて優しい気性で有名。

「観るアルラウネ、抱く人魚、女房にするならアラクネ」

 こんな格言がある。いささか下品な物言いだが、それだけ彼女たちが素晴らしい内助の功を発揮するということ。
 甲斐甲斐しく夫の面倒を看て、糸でせっせと布を編んでは家計を助ける。
 しかも最初から正体がバレているので、鶴の恩返しみたいにどこにも行かない。
 母性も強いらしく子育てにも一生懸命。
 ある意味、男にとっては歩く理想であろう。
 ちなみにアルラウネはドリアードの女版みたいなの。
 図鑑で姿絵を確認したが、とにかく見た目が艶めかしい。こう、男の本能の深い部分を直撃するエロさだ。
 人魚はまんま。ただしメチャクチャ強いとのこと。
 完全女系種族で子供は女子しか生まれない。見た目は美女ながら恋愛という観念がない。気に入った他種族のオスと関係を持っては、子を作り勝手に育てる。男にとっては完全に一夜妻。これはこれで理想の一つか。

 そんなアラクネたちが住む地域が、アンケル爺の管轄内にある。
 今日はそこにみんなとお出かけだ。
 蜘蛛というからツリーハウスやロッジみたいなのが建ち並ぶ、森に囲まれた地域を勝手に想像していたけど、実際に行ってみたらぜんぜん違った。
 大きなレンガ造りの倉庫のような建物が何棟もズラリ。
 建物の中には沢山の機織り機や操糸機が並んでおり、カタンカタンと忙しなく動いている。
 アラクネのいる地域には、元から紡績産業が発展しやすい素養があった。
 なにせ彼らは自分の糸を使った編み物が大好き。
 これまでは個人か小さな村単位であったソレを、アンケル爺は大規模支援。
 その結果が一大紡績拠点の誕生である。
 現在では、ここだけで国内シェアの実に七割を握っているんだとか。
 案内係のマリーさん(アラクネ)の説明に、クロアとオレは感心しきり。

 ボイラー室やデカい芋虫みたいなのを育てている飼育棟まであった。
 自分たちの糸だけでなく、他のモノも色々使っては、新素材の開発研究に余念がない。
 アラクネとは、とんでもない人たちであった。

 さて、そんな彼らの元にわざわざ足を運んだのは、ほかでもないクロアの新しいドレスを仕立てて貰うためにである。
 有名デザイナーのシーラさん(アラクネ)が依頼を受けて下さるというので、爺が付き添っての来訪となる。
 本来ならば屋敷の方に呼びつけるところだが、とにかく彼女は忙しい。超売れっ子なのだ。
 来るのを待つぐらいならば自分から行った方が早い。
 アンケル爺ならではのフットワークの軽さである。

 挨拶や寸法取りなんかは、あっさりと終了。実に手慣れたもの。
 目視にてサイズを的確に言い当てていたし。

「お嬢様は、どのようなのがお好みでしょうか?」

 シーラさんとしては、せっかく作った服を着てもらうのだから、当人が気に入るデザインがいいだろうと考えての質問。
 作り手のエゴを押し付けるのではなくて、あくまで使い手のためにという姿勢。

《売れっ子って聞いてたから、もっと押し付けてくるのかと思ったけれど》

 あっさりと子供目線に降りてくる。
 おっさん感服。この人、何気にすごい人だ。

 でもまさか、この質問があのような波紋を呼び起こそうとは……。
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