とりあえず逃げる、たまに頑張る、そんな少女のファンタジー。

月芝

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80 ワンワン部隊出動

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 若い皇帝率いる軍勢を蹴散らしたり、魔族領と関係のある第三国の窮地を救ったり、あちこちにお使いに走ったり。
 チマチマと人間領にての活動の功績が認められて、第七部隊にも予算がドンとつきました。城門近くに兵舎も頂いたので、さっそく改装をしてフェンリルたち用のヘアーサロンにしました。これであの獣臭とも、ようやくおさらばです。
 どれだけ見た目が白毛のモフモフで大きなワンちゃんみたいでも、独特の匂いが体に染みついているのです。
 ペットを飼っていない方が、ペットを飼っているお宅にお邪魔したら、思わず顔をしかめてしまうのと同じ事。臭いものは臭いのです。匂うものは匂うのです。
 フェンリルたちは普段は故郷の地にて、勝手気ままに暮らしています。
 アイツら都会の水は合わないとかぬかしやがったクセに、こっちで体験した獣人用のエステには、どハマリしやがりました。だから代わる代わる週一ぐらいで押しかけてきては、連れていけとの催促が煩いのです。
 もう面倒なので、彼ら専用の施設を作ることにしました。専属の従業員も手配済みです。
 ヤレヤレです。これで雑事から解放されると思っていたら、今度は別の問題が起こりました。

 野山を走り回って、汗だくのドロドロのフェンリルたちが建物の中に入って、出てきたら純白のサラサラヘアーに変わっている姿を目撃された獣人の方々が、ウチの兵舎をそういうお店なんだと勘違いして、次々と入って来るんですって。
 その度ごとに作業の手が止まるし、対応がいちいち大変だと、従業員から言われてしまいました。あと使っているシャンプーとリンスの仕入れ先の問い合わせも多いのだとか。
 アレって、「毛には海藻のヌルヌルがいいらしい」と適当な知識を工房長に教えたら、彼が開発してくれた品で、敏感肌だというフェンリルとは相性が良かったらしく、ウチで使っているだけの非売品。
 すっかり馴染みとなった片目の商人さんに相談したら、「いっそのこと製品化しちゃいなよ。あと二号店もオープンしよう」と言われ、彼主導の下であれよあれよという間に、販売店兼獣人専用エステがオープンしました。経営その他は、すべて商人さんに丸投げしました。
 こうして私の肩書に、新たにエステサロンのオーナーが加わりました。
 やり手の商人さんはサロンの繁盛ぶりを受けて、続けて男性獣人専用の三号店もオープン、こちらも人気だそうです。

 フェンリルたちをとりあえず兵舎の従業員たちに押し付けたので、ようやく私にも平穏が戻ってきました。
 中央塔の最上階にて、遥か下界を這いずり回る者どもを眺めてはほくそ笑み、リースさんの淹れてくれた紅茶を優雅に飲む。セラーさんとオセロをしたり、ブルタス先生と創成魔法について考察したり、工房長が持ち込む試作品で遊んだり、カレープロジェクトの進捗具合の報告を料理長から受けたり、ガラシャさんと夕食を供にしたり……、これですよ、これ。私が求めていたスローライフは。この頃、ちょっと暴力的に働き過ぎました。これこそが本来の私のライフスタイルなのです。下界のことに煩わされずに、塔の上でゴロゴロと暮らすのが、市松人形には相応しいのです。

 ですがそんな平穏も一ヶ月ほどしか続きませんでした。
 魔王様から呼び出されて告げられたのです。人間領がかなりヤバイということを。
 猛烈な勢いにて瓦解しつつある人類連合。それはべつに構わないのですが、それに伴い戦乱の兆しが、そこかしこに噴出しているそうです。
 迷惑なことにその中心には、私たちを召喚した王国がいるそうです。彼の国の内紛が周辺に波及しているのだそうで、不安がドミノ倒しとなって、人間領を席巻しているのだとか。
 魔族という共通の敵を見失ったとき、すぐ側にいる面倒な存在を、彼らは正しく認識してしまったのです。人類の敵は人類……、自分たちにとって、もっとも身近な脅威は、すぐ隣にいる同胞であると。特に人類連合に加盟していた国々の疑心暗鬼っぷりは、酷いらしくて、もはやパンパンに膨れた風船状態、いつ破裂してもおかしくないそうです。

「わかりました。私にそれをパンパンして来いというのですね」
「違うわ! 誰が連中の抗争を煽ってこいだなんて言った。逆だ逆、人間領全体に戦火が広がらないように、なんとか鎮めてこい」

 どうやら私の早合点だったようですね。てっきりこれを機に人間領を戦乱の坩堝に叩き落して、殲滅してしまうおつもりなのかと思いました。
 しかし一介の小娘になんて無茶ぶりをするのでしょう。逃げ専の市松人形に魔王様は何を期待なされているのでしょうか。

「別に全員をぶっ飛ばしてこいだなんて言ってない。ようはコレまでと同じでいいんだ」
「これまでと同じ?」
「そうだ。第三国に出向いて、ちょいと手助けをしたり、戦争をしそうなところに介入して邪魔したり、それで連中の気勢を削いで、魔族との協力関係を取り付ける。魔族と関係のある国は、そもそもこんな馬鹿な騒動には乗っていないしな」
「なるほど、そうやって外堀を埋めてしまって、最終的にはすべての人間の国を服従させてしまおうと」
「人聞きの悪いことを言うな。あくまで同盟止まりだ。オレは人類の面倒まで抱え込む気はねぇぞ。本音では完全放置でもいいぐらいだと思っている。だがそれだと付き合いのある国にも迷惑が及ぶ。戦乱で溢れた大量の難民が、どっと押し寄せたら大変なことになるぞ。疫病とかも発生するだろうし、それこそ大惨事だ」

 あちらの世界でのニュース映像が脳裏をよぎり、思わず「あー」と声を出してしまう私。魔王様の仰る通り、ああなると早期解決はほとんど不可能、泥沼状態に陥ってしまいます。痩せこけた赤ん坊を抱く女の人の姿とか、あんまり見たくありません。男の身勝手に泣くのはいつも女と子供ばかり。
 このまま大暗黒時代に突入とか……、確かにちょっと嫌ですね。
 かといって魔族が率先して動くわけにはいきません。パワーインフレが少年バトル漫画の比ではありませんので。強すぎる魔族に対して、人類はあまりにも非力、勇者組ですら魔王様の御戯れの視線でノックダウンなんですから、一般人なんてそれこそ心臓発作でバッタバタですよ。
 だからこそ私の出番なのですね。
 沢良宜花蓮は魔王様の命令を受理しました。

 第七部隊、通称ワンワン隊、出動です。

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