水色オオカミのルク

月芝

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06 翡翠のオオカミ

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 ゆるやかな丘の斜面を駆けおりていく水色オオカミの犬ぞり。
 ですが快適な旅は、それほど長続きしません。
 一行の前に、深い谷が現れたのです。
 とてもともて深くて、恐る恐るのぞき込んでみたのですが、まるで底が見えません。
 谷は一直線に南北へと伸びており端が見えない。飛び越えるにはあまりにも幅があり過ぎる。
 まるでこちらとあちらの世界を分断しているかのよう。

「この向こうが西の魔女の森なんだが、ごらんの通りさ。あっしならば空を飛んでひょいと行けるが、お前さん方ではそうもいくまい」

 ルクの背中にロープで縛られた格好のカラスのセンバの言葉に、すっかり困ってしまう野ウサギの兄弟。

「本当だ。どうしよう……」いつになく弱気になる兄のフィオ。
「うーん。そうだ! センバが向こうまで飛んで行って、ロープをつないだらどうだろう? それを渡れば向こうまで行けるんじゃないのか」

 いい考えが閃いたと喜ぶ弟のタピカ。
 ですがそれはムリでした。なにせ肝心のセンバは腰を痛めており、満足に起き上がることもできないのですから。それに持っているロープではとても長さが足りません。
 ルクもいっしょになって、何かいい方法はないかと考えてはいるのですが、どうにもムズかしい。
 ここまで来る間に、野ウサギの兄弟の事情を聞いていたセンバ、見かねて言いました。

「ここから東に二日ほど行けば、なんとか谷底へと降りられるところがある。そこから向こう側へと渡れば、どうにかなるだろうさ」

 魔女の森へと行く手段がある。
 それは兄弟たちにとっては、とてもいいことでしたが、いかんせん時間がかかり過ぎます。センバは東に二日と言いましたが、それは空を飛ぶカラスの感覚にて。
 野ウサギの足ではもっともっとかかることでしょう。例えルクの犬ぞりにて走ったところで、どれほどの時間がかかることやら。しかも深い谷を降りて、また登ることになる。
 かといって、それ以外には道もなさそう。
 モタモタしていると、妹のティーの命が危ない。
 どうしたものかと悩む一行。

 ふと、顔をあげたルク。
 クンクンと鼻先を動かし、周囲をきょろきょろ。

「どうかしたの、ルク?」
「いや、なんだか天の国のニオイがしたものだから」

 フィオがたずねると、そんなことを口にしたルク。
 そのとき、ガサリと近くの茂みにて音がする。
 一行の前に、のそりと姿を現したのは、初夏の山々に息吹く新緑のような、美しい緑の毛並みをした女性のオオカミ。

「私は翡翠(ひすい)のオオカミのラナ。アンタは水色オオカミの子だね。こんなところで何をしているんだい?」

 そうたずねたラナ。落ち着いた声音。ややツリ目にて鋭い眼光。瞳の色は滝つぼの深淵のような碧さ。凛とした雰囲気を身にまとっており、ひとにらみされただけで、カチンと固まってしまう野ウサギの兄弟とカラス。

「お姉さんも水色オオカミなんだね。ボクはルク。じつは魔女の森に行きたいんだけど、道がなくて困っていたんだ」

 それを聞いたラナ、きょとんとした表情にて、しばしルクを見つめた後に、肩をふるわしてクツクツ笑いだした。
 いきなり笑われたものだから、今度はルクがきょとんとなってしまう。

「くくく、いや、すまない。あんまりにもアンタがヘンなことを言うもんだから、おかしくって、つい笑ってしまった。それにしてもルクは、まだ何も教えられていないようだな。よくもそんなので天の国から出されたものだ」

 とつぜん笑ったかと思ったら、今度はあやまられて、ついには呆れ顔までされてしまい、ルクは困惑するばかり。
 そんな彼にラナは言いました。

「道がないのなら作ればよかろう。水色オオカミには造作もないことなんだから」


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