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107 弓術大会八日目 鉄の女
しおりを挟む板と杭でできた柵を、長い四肢を折り曲げて、軽やかに飛び越える馬体。
地面に足をつけると同時に、騎乗する者の手から矢が放たれ、最寄りの的へと吸い込まれていく。
ひとつの障害物を越えると、姿をあらわすように配置された的。
ウマの行く手をふさぐのは、柵、丸太、小山、池、砂場。
柵は子どもの背丈ほどのモノがいくつかコース内に点在。
大人の男が抱きかかえられるぐらいの丸太は、数本が地面に転がされおり、適度な間隔にて並べられているので、越えていくには細かい手綱さばきが必要となる。
急な斜面の小山を登りきれば、こんどはすぐに下り。登るのには勢いとウマと乗り手が呼吸を合わせる必要があり、下りには重たい体ゆえに足に負担がかからないように、気を配る必要がある。
池の底にはドロがたまっており、うっかり足を沈めたら、かなりの時間をとられることになる。
そして最後の直線の砂場。これこそが馬射競技の醍醐味となる場所。
砂場に平行するように配置された十もの的。
一気に駆け抜けながら、これらを次々と射抜いていく。
もっとも華やかな見せ場にて、観客が盛り上がるところ。だからいかに競技で勝とうとも、ここがイマイチだと客席から野次や罵声が飛んでくることもある。
馬射競技の決勝はトーナメント形式になっており、一回戦を順当に勝ち上がったリリアとクロフォードとヌートの三名。
その裏では、ルシアーノの情報をリリアより得たフレイアとルクが、行動を起こしておりました。
上客用の観覧席の個室に、その人物がいることを知って、そちらに向かっていたのです。
ところが、どうやら先客があったみたい。
勢い込んで個室の扉を蹴破ってみれば、そこにいたのは女の人。見た目こそはどこにでもいそうな主婦ですが、その両腕にはゴツゴツとした重たそうな鉄製の籠手(こて)を装着しています。
足下には、顔をパンパンにはらして、泡をふいて床に転がっている太った男と背の低い男の姿が。こちらは白目をむいて完全に気を失っています。
「あら? 大剣をもった女戦士に青いオオカミ……。ひょっとして、あなたたちがリリアちゃんを守ってくれていた方たちでしょうか」
「そういうアンタは、いったい」
「これは失礼しました。私はベス、ライトテール商会の会長をしているものです。この度はうちのバカどもが迷惑をかけたみたいで、すみませんでした」
「うちのバカども?」
「こっちの小さいヤツとうちの亭主のことです。こいつは夫の小間使いみたいなもので、ある程度は目端が利くから、使ってやっていたのですが、どうやらかんちがいして、いつの間にかすっかり増長していたようです。で、うちのダンナが我が子かわいさに、馬屋さんたちへ『リリアにあまりいいウマを回さないように』とのお願いを『リリアにウマを貸すな。他の参加者たちにも、いいウマを出すな』との命令にすり替えたというわけです。ごていねいに、うちの商会の看板をおどし文句に使って」
そこでいったん話を切ったベスさん。頭が痛いとばかりに眉間の間を指でグリグリしながら、「はぁ」と深いタメ息をひとつ。
ルクはちょこんとお座りをして彼女たちのやりとりを眺めています。
人前なので、うっかり言葉を発しないように、しっかりと口を閉じて、この場はすべてフレイアさんにおまかせ。
ベスさんは、のびているもう一人の太った男の腹を、つま先でこづきながら、「で、こちらがすべての元凶ですね。まじめに賭けの胴元をしているぶんには、見逃してあげるつもりだったのですが。欲をかいて相場をあやつろうとか考えたみたいです。あと、とある貴族からヘンな依頼も請け負っていたようです」
「へんな依頼?」
「ほら、いま、ちょうど競技をしている彼がいますでしょう。あの通りの男前ですので、令嬢たちに大人気なんですよ。性格はいいし、家柄もわるくないですからねえ。でも三男坊ってのがちょっと。そこで熱心な、さるやんごとなき家のお嬢さまはこう考えました。『そうだ! 三男坊ってだけでいい顔をしない両親たちも、彼が最高の栄誉を手に入れれば、きっと私のお願いをきいてくれるにちがいないわ』と」
「うん? ちょっと、まて。恋人とか許婚とか家族とか友達でもなく、ひょっとして、それって、現時点ではまったくの赤の他人なんじゃあ……」
「そうなりますね。たぶんクロフォード・ロロノアは相手のことなんて、まるで知らない可能性もあるかもしれません」
「うわー、いったい何を考えているんだい。順番がぐちゃぐちゃじゃないか。そこはふつうに好きな男に恋文のひとつでも書くか、会場に駆けつけて熱い声援を送るだけでいいだろうに」
「まぁ、そうなんですけれどもね。やんごとなきお方の考えることなんて、庶民の私たちにはおよびもつかないことですから。深く考えると頭が痛くなるので、あんまりオススメはしません」
「あぁ、とっくに頭はくらくらしているよ。それにしても、あの色男は何も知らないんだよな?」
「ええ、私の手の者が調べたかぎりでは、呆れるぐらいにシロです。あれで貴族社会でやっていけるのか、かえって心配になったほどに。どうやら小さい頃から、面倒な人間関係そっちのけで、野山をかけまわっていたおかげで、スクスク真人間に育ったようです」
「となれば、これでいちおうは決着でいいのかな」
「街の馬屋さんたちには、すでに夫を謝罪に向かわせています。もちろん私自らも商会の代表として、迷惑をかけた関係者の方々に頭をさげてまわるつもりです。あとリリアちゃんにも」
深く頭を下げて一礼をしたベスさん。二人の男のえり首をむんずとつかむと、そのままズルズルと引きずって行ってしまいました。これから衛兵のところに、つき出してくるそうです。
なお火の女神さまに捧げる祭りをけがすような行為は、火の山を囲む四つの街では御法度中の御法度。
だからきっちりと罪をつぐなわされるそうです。
ベスさんの姿がいなくなったところで、「なんだかすごい人だったねえー」と水色オオカミのルク。
フレイアさんは「あの分だとダンナもきっとボコられたんだろうな……。ライトテール商会って、ほんとうに堅気なのか?」と小首をかしげていました。
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