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151 終わらない愛の歌
しおりを挟む村の無人の教会、その裏手にある共同墓地。
そこを訪れて、かつての恋人の両親の墓の手入れをしていたのはジル。
子どもたちを両親に預けて、今日は一人きり。
このことを両親や夫があまりこころよくおもっていないことは知っている。だからとてやめるつもりはない。そもそもビグおじさんやマーサおばさんが、こんな目にあうことがおかしいのだから。それに自分の義父母になると信じていた人たちを、不幸にも縁が切れてしまったからとて、あっさりと捨てられる方がどうかしている。
自分を捨てたと聞いてかなしかった。別の女性を選んだと知っても腹が立つよりも、やっぱりかなしかった。彼が夢をあきらめたことも、ただただ、かなしかった。
自分の世界から彼がいなくなったことも、この世界から彼の音楽が無くなってしまったことも、とてもとてもかなしかった。
そんなことを考えながら、いつものように雑草を抜いて、墓石のほこりをそっとはらい、花をそなえていたら、ふと、背中から春の到来を告げるかのような、やさしい風が吹いた。
彼女がふり返ろうとしたら、何者かが「そのままで」と言いました。
声におどろいてビクリと固まってしまうジル。
「どうかそのままで。私は山の神の使いの者。今回はあなたにお届けモノがあって参上しました」
「山の神さまの? それが、このわたしにですって!」
びっくりして、またふり返りそうになったところを、ジルはスカートのすそをつかんで、グッとこらえます。
「まずはこのことをお報せしなければいけません。フランクのことなのですが」
内容ゆえに、すこしちゅうちょしてしまった山の神の使いの者。
すると彼がふたたび口を開くよりもはやく、ジルが言いました。「あの人は亡くなったのでしょう」と。
「……はい、ざんねんながら。しかしどうしてそれがわかったのですか」
「だってあの人がわたしも音楽も捨ててしまうとか、ちょっとありえないんだもの」
あっさりとそう言ってのけたジル。
幼い頃から、フランクが音楽にたいして、どれだけいっしょうけんめいだったのかを、彼女はもっとも身近で見ていた。
だからたとえ他の女に走ることがあろうとも、音楽の道だけはあきらめるなんてことはぜったいにありえない。
ジルはヘリオが村に持ち帰って吹聴していた話の大部分を、まったく信じてはいなかったとまで言いました。
それどころか個人的には、いろいろと思うところもあったそうです。
なのに、そんな男と結婚をした。
いったいどうして? おもわず踏み込んだ質問をしてしまった山の神の使いの者。
すると彼女は少しさみしそうに微笑んで、こう答えました。
「なぜかって? だってここは辺境ですもの。こんなきびしい土地で生きていると、女はとっても打算的で、したたかに育つの。ほんとうに自分でもイヤになるくらいに」
どんどんと老いていく両親に、広い畑や家畜たちをかかえて、いつまでも帰ってこないあの人を待ち続けるなんてことが、許されるような土地でも身分でもない。
彼のことはいまでも深く、強く、愛している。それこそ夫なんかよりも、ずっとずっと。
だけれども、それはそれ。
特別な想いは、特別であるがゆえに、大切にキレイな箱に入れて、胸の奥の棚にしまっておく。
たまに取り出しては、こっそりとながめて楽しむだけでいい。
自分たちは日々を生きていかなければならない。子どもたちを産み育てて、次へと次へとつなげていかなければならない。
きっとはたから見たら、土地や村なんかにしばられた、つまらない人生なのだろう。
それでも自分はそんな生き方しか知らないと、ジルは胸をはって、背筋をしゃんとのばしました。
これが辺境に生きる者の矜持(きょうじ)。
ジルという女性が選んだ道。
「そうですか……、これは少々失礼なことをきいてしまったようですね」
「いいえ」
「では話をもどしましょう。フランクの魂は、彼の音楽を気に入った山の神のもとへといざなわれました。そしてこれは彼からの伝言です。『約束を守れなくてすまなかった。どうか幸せな一生をおくってほしい』」
伝言を聞いたとたんに、小刻みにふるえだしたジルの肩。けんめいに泣くのをこらえているのでしょう。
その背中に山の神の使者は告げました。
「それからこれをどうか受け取ってください。彼の想いがつまった品です。きっとあなたの金の髪に似合うことでしょう」
チャリンとかすかな音がして、背後にあった気配がかき消えてしまいました。
ふり返ったジルの目に映ったのは、地面に置かれてある、ネコの瞳のような色味をした宝石があしらわれた銀の髪飾り。
ジルはそれを拾うと、大切そうに両の手の平でそっと包みこみ、胸元に抱きよせます。
そして彼女は声をこらえつつ泣きました。
フランクさんが描いた筋書きの通りに、見事に山の神さまの使者役をこなした水色オオカミの子ども。
教会の物陰から、ジルさんのところにようやく帰れたフランクさんの姿を静かに見守っていました。
ルクの耳にはフランクさんが奏でる口ぶえの音色が聞えています。
髪飾りに宿った彼の意志が、この先どうなるのかはわかりません。けれどもきっと、彼はジルさんのそばで、ずっと口ぶえを吹き続けることでしょう。
たとえそれが最愛の人の耳には、けっして届くことがなくても。
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