水色オオカミのルク

月芝

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221 レクトラム、若き日の肖像。その3

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 師が亡くなった。
 いかに長命である魔法使いとて、史上最強とうたわれた存在とて、死ぬときは死ぬ。
 己が死期をおぼろげながらもさとっていたからこそ、彼は後継の育成にのりだしていたのだから。いちおうはクラフトという後継者を得ていたので、目的は達したことになるのであろう。
 棺におさめられた師のカラダは、生きていたときよりもふた回りぐらい縮んだように私の目には映る。
 かつてのおさえようのない魔力のかがやきも、息苦しくなる圧力も、存在感も、なにもかもが消え失せている。

「……みにくいな。まるでサルの干物みたいだ」

 つぶやいたわたしの声は、さいわいなことにだれの耳にも届かなかった。
 葬儀は弟子たちの手によりつつがなく終わる。
 師が逝き、散り散りとなる弟子たち。
 だがことは、そうかんたんにはすまない。
 師という防壁を失ったクラフトに向けられたのは、さまざまな思惑。
 なにせ彼の身柄をおさえれば、師が残した最強の魔法使いへといたれるかもしれない英知が手に入るのだから。
 いわば、飢えたケモノたちのまえに、ぶら下げられた肉の塊。
 さぞやウマそうに見えたことであろう。
 ある者はチカラづくで、ある者は奸智でもって、ある者は色香ですりより、ある者は情にうったえる。
 そんな連中を尻目に、わたしがとった方法は、わりとまっとうなモノであったとおもう。

「結婚しましょう。あなたはわたしのカラダと魔女のチカラを手に入れる。わたしはあなたの英知を手に入れる。公私にわたる仲間、それも婚姻関係となればこれ以上の強固な結びつきもないでしょう」

 だれもがわたしの美をたたえる。
 うつくしい女が手に入り、その身を自由にできる。
 魔法がまるで使えない彼には、その知識をチカラにかえられる協力者が必要だ。
 だから、よもや断られるとはおもわなかった。

「ごめん。きみの申し出はありがたいんだけど、その、やっぱり好きじゃない相手と打算でいっしょになるってのはちがうとおもうんだ。それにボクは彼女のことが……」

 うまれて初めての告白は失敗におわるも、それはたいして気にもならなかった。
 それよりもクラフトが口にした女の名前にこそ衝撃を受ける。
 クラフトが想いを寄せていたのはエライザ。
 よもやあのイモ娘におくれをとろうとはおもいもよらなかった。
 だれもがわたしの美をたたえる。
 だれもがわたしの才能をたたえる。
 だれもがわたしのチカラをたたえる。
 だけれども、わたしは何もつかめない。
 エライザは師が亡くなり、右往左往している周囲を横目に、着実に自分が目指すべき場所へと向かって歩きつづけている。その歩みは鈍重にて遅々として進まない。だけれども彼女はくじけることも、投げ出すことも、あきらめることも、うつむくこともなく、ひたすら前を向いて歩きつづけている。
 気がつけば、ずっとずっと先にその背があった。
 そんな彼女だからこそ師は笑いかけ、クラフトも想いを寄せるのだろうか。
 クラフトへと差し出した手は払われ、エライザからはとり残される。
 欲しいモノほど指のあいだからすり抜けていく。
 これがわたしの第四の挫折。

 わたしの想いだけを残し、ゆるやかに、でも確実に時が流れていく。

 クラフトは師がホメていた「発想力」を武器に「からくり」なる第三の道を切り開き、英知に群がる数多の魔法使いや魔女たちを蹴散らし、自他ともにみとめる最強の魔法使いの後継者となったばかりか、のちにはついに自分の国をも築いた。
 エライザはとある国に仕えるという。請われて復興を手伝うのだと語る彼女。
 わたしは人間の国なんぞにかかわるのはよせと忠告する。
 なぜならヤツらはすぐに恩を忘れて増長するから。じきに辛い目にあうことがわかっている。だけれどもエライザはかたくなであった。
 わたしの声はだれにも届かない。わたしの手は何もつかめない。
 これまで感じたことのないような喪失感がおしよせてくる。
 自分の中に開いたちいさな穴が、急速に広がっていき、とてつもないおおきな穴へとなっていく。穴のふちへザアザアと何かが流れ落ちていくのを止められず、ぼんやりと眺めていることしかできない。
 だけれども穴が広がるほどに、何かが漆黒の底へと消えていくほどに、自分の身が軽くなるのはわかっていた。
 ふと思い出したのは生前の師の部屋の中。
 机の上も棚の中も床も、無造作に山積みされた本や資料で、それこそ足の踏み場もないほど。いっそのことすべてを窓から放り出せば、さぞやスッキリすることだろうとおもっていたものだが、それとコレは同じ。
 いいもわるいも、よぶんなモノや想い、ごちゃごちゃした感情なんかをドンドンと捨てることで、わたしのココロの部屋が片付いていく。

 ふとココロがふわりと浮く。
 自然と笑いがこみ上げてくる。
 いつになく気分が高揚したわたしは、しばし足がおもむくままに森を歩く。
 すると木の根元にて「ぴぃぴぃ」と鳴いている、一羽のツバメのヒナを見つけた。
 見上げるとそこには巣の残骸があった。おそらく何者かに荒らされたのであろう。そしてたまたま地上に落ちたこの子だけが生きのびたのにちがいない。
 落ちた際にどこかにぶつけたのか、右の目がつぶれてしまっている。
 必死に鳴く子にわたしは話しかける。

「あなたは運がいいわね。わたしはいま、ものすごく機嫌がいいの。だから助けてあげる」



 微睡から目覚めた白銀の魔女王レクトラム。
 そこは場内にある尖塔のてっぺんに設けられた、彼女のお気に入りの空中庭園。
 目を覚ますなり、「ふふふ」とちいさな笑みをこぼしたレクトラム。

「なにやらよい夢でもみられましたか?」

 女主人に声をかけたのは、ずっと側に控えていた執事のコークス。魔女王のいちばんの側近にして、もっとも忠誠厚き男。

「なに、むかしの夢をみてな」
「むかしの、ですか」
「ああ、おまえを拾ったときのこととかな。あの死にかけのヒナが、よもや立派になったものよ」
「すべてはレクトラムさまの御導きによるもの。自分はそれに従ったまで」
「そうか」

 瞼(まぶた)を閉じたレクトラム。
 しばし心地よい主従の沈黙の時間が流れたのちに、彼女が目を閉じたまま口にしたのは水色オオカミの子どものこと。
 そろそろ狩り時との報告を受けて、「よきにはからえ」と言った女王。
 だれよりもうつくしく、だれよりもごうまんで、だれよりもわがまま、そしてだれよりも己がココロに正直に生きている白銀の魔女王は、そのままスヤスヤとやすらかな寝息にてふたたび微睡みつつ、夢の世界の住人となりました。


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