水色オオカミのルク

月芝

文字の大きさ
220 / 286

220 レクトラム、若き日の肖像。その2

しおりを挟む
 
 ある日、教室に師が連れてきたのは、ひとりのオドオドとした冴えない青年。
 見た目のやぼったさはエライザに匹敵する村人っぷり。
 どこかでみた顔だとおもったら、たしか食堂を切り盛りしている料理人の息子だ。
 母親といっしょに住み込みにて雑夫として働いており、たまに荷を運んでいるところや掃除をしている姿を見た記憶がある。
 そんな男をどうして……、人体を用いた魔法実験でもするつもりなのだろうか。
 みんなが首をかしげてると、師はとんでもないことを口走る。

「あー、このクラフトを跡継ぎに決めたんで。文句のあるやつは、とっとと出て行け」

 これまでのらりくらりとはっきりしなかった後継者の指名。
 決定したと事後報告にて聞かされて、場が騒然となる。
 それもそうだろう。ここに集っていた大半の魔法使いたちが、「あわよくば自分が」との野心を秘めていたのだから。
 横からいきなりかっさらわれたのでは、たまったものではない。
 しかも「ただの人間」に。
 そう、彼は正真正銘のただ人間。
 魔法使いが魔法というチカラを使えるのは、カラダの中に魔力を産み出す仕組みがあるから。でもヒトにはそれがない。だから何をどうしようとも、ヒトには魔法は使えない。
 ワケがわからなかった。最強の魔法使いの弟子が、魔法も使えない人間の青年? なんのわるい冗談なのかとおもった。
 あきらかにムリな話。どうせ気まぐれでわがままな師のなさること。じきにまた考えをあらためるだろうと、しばし静観を決め込む者がほとんど。
 表向きは淡々と、水面下では露骨な敵意や害意、蔑視を向けられ、たいそう居心地のわるい中で机をならべることになったクラフト。
 わたしなんぞは怒りよりもむしろ、クラフトという青年に密かに同情をおぼえたぐらいである。

 しばらくして、わたしは奇妙なことに気がついた。
 クラフトはずっと雑夫としてすごしてきた。だから文字の読み書きもロクにできなかったハズなのに、先日読めなかったモノが翌日にはもう読めるようになっている。
 先日、まるで解けなかった数式を翌日にはスラスラと解いている。
 授業に参加しはじめた最初の数週間こそ、みんなから一人置いてけぼりであったというのに、気がつけば、もうすぐうしろにまで追いついている。
 それだけがんばっているのかとおもった。だけれどもそれだけはなかった。
 金メッキにもいたらない、このわたしとはちがう。
 真の天才が見出した存在もまた、真の天才ではないのか。
 師にこの疑問をぶつけると、めずらしく彼が答えてくれた。

「あいつは魔法のまの字も使えやしない。魔法使いとしてはおよそポンコツさ。なにせただの人間だからな。だが頭はすこぶるよろしい。一度見たモノはなんでも記憶しちまう。それでいてけっして忘れない。あいにくとオレは後継にはめぐまれなかった。よしんばおまえを含めて、ここにいるだれかにすべてを託したところで、出来上がるのはやはり欠陥だらけのポンコツよ。で、オレは考えたわけだ。同じポンコツならば、せめてきちんとしたポンコツのほうを残そうってな」
「きちんとしたポンコツ?」
「クラフトの頭を通して、少なくとも知識だけは正しく次の世に伝わる。そっから先はオレにもわからん。もしもそれを身につけ使いこなせるだけの器量のあるヤツがあらわれるようならば伝授すればいいし、だめならそれまでよ」

 自分が死んだあとまでは責任を持てないと言う師。
 言ってることは正しいのかもしれないが、これではただの記録係ではないのか。
 それこそ本にでもしてしまって棚にならべておけばいい。
 なによりチカラなき者が英知を持つことの危険性を、師ほどの方が理解していないわけがない。クラフトを待つのは苦難の道にほかならない。
 そんなわたしの心配を察したのか、師がにへらと顔をゆがめる。

「おまえが考えつく程度のことは考えたさ。それも含めてのこの人選よ。なによりおまえは一つ、おもいちがいをしている」
「?」
「一を聞いて十を知るを天才だとか、一を聞いて五を学ぶを秀才だとか。もっともらしいことが世間では云われているが、じっさいはちがうんだよ。そんなのはちょいと小賢しいだけの凡人と大差ない。真の天才ってヤツはな、同じ材料をあたえられても他の連中とはまったくちがった新しいモノをつくっちまうようなヤツのことを言うのよ。あれはまちがいなくその類だな。オレと同じ側の存在よ。だからオレはヤツにすべてを託すことにした」

 どうしてソレが知れたのかというと、クラフトが作るまかない料理を食べてわかったという。おなじ残り物のクズ野菜なんかで、他の料理番らとはまったくちがうモノを作る。
 色、味、見た目、発想……、あきらかに毛色がちがう皿の中。
 これをみればふつうは「優れた料理人の才がある」と考える。
 なのに師は、そこからさらにズカズカと遠慮なく青年の中に踏み込んで、その奥の底の方にあった真の才能をムリヤリに引きずり出してしまった。
 膨大な知識を結びつけて、こねくりまわし、だれもおもいつかない、まったく別の何かを生み出す。
 その「発想力」だけならば、クラフトは自分よりもずっと上だと師は言った。
 真の天才から、真の天才だと言われた青年。
 こうして彼という存在がわたしの三度目の挫折となる。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

かつて聖女は悪女と呼ばれていた

朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」 この聖女、悪女よりもタチが悪い!? 悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!! 聖女が華麗にざまぁします♪ ※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨ ※ 悪女視点と聖女視点があります。 ※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪

処理中です...