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222 釣り人
しおりを挟む曇天の下にて。
冷たい風がヒュルリと吹くたび、カラダにまとわりついてくるのは、なにやら生臭いニオイ。
吸い込むと口の中にじわっとわくのは、ややエグみのあるにがしょっぱさ。
おもわず顔をしかめたのは水色オオカミの子ども。
岸辺から、はるか彼方を見つめるも、果てのほうには霞(かすみ)がかかっており、ここからではいまいち様子がよくわかりません。
「なんだかヘンなの。それにしてもおおきな河だなー。こんなのはじめて見たよ」
無数の大波小波がひしめき合っている姿をまえにして、おもわずそう口にしたルク。
すると近くから、くつくつと笑い声が聞こえてきました。
見れば、そこには岩に腰をおろし、竿から釣り糸をたれているオジさんの姿がありました。
「これは河じゃなくって、いちおうは海なんだよ。陸と陸にはさまれたせまい海。海峡といわれているモノだよ」
無精ひげを生やした釣り人さんが、ていねいにも教えてくれました。
冬の晴れた日の空のような色をしたオオカミを前にしても、まったく物怖じしない、ちょっとふしぎな男性。
「へー、そうなんだぁ。教えてくれてありがとう。ボクは水色オオカミのルク」
「これはごていねいに。オジさんはこんなのだけれども、いちおう神さまです。どうぞ、よろしく」
「神さまなんだね。すごいなぁ。よろしくねー」
しゃべるオオカミにあいさつをされて、自分を神だと名乗ったオジさん。
ルクが云われるままに素直に受け入れたら、なぜだか男性はグスンと涙ぐみました。
「うんうん。ルクくんはいい子だなぁ。みんなヒドイんだよ。こっちはちゃんと名乗っているのに『ウソをつくな!』とか『インチキ野郎』とか『ペテン師』とか言って、すぐに怒るんだ。たまに大人だけでなく子どもたちからもウソツキ呼ばわりされて、石とか投げられちゃうんだ。オジさんすごくつらいよ」
「それはつらいねぇ」
「オジさんは神さまだからウソなんてぜったいにつかないのに。正直に話せば話すほど怒られるんだ。ウソをつくなって言うから正直に話したらウソツキ呼ばわりされるのなんて、なんだか納得いかないよ」
ほんとうのこと言っているのに、だれにも信じてもらえない。
それはとってもかなしいことです。
おおいに同情をしめすルクの態度に、神を名乗る男性はますます感激。
すっかりルクのことが気に入ったらしく、いろんなことを教えてくれます。
「ルクくんは北の極界を目指しているのかい? それならこの海峡を渡った先の陸地が、そうだよ。すべてがカチンコチンの氷の世界なんだ。たまに物好きが船をだして目指すけれども、そのほとんどがすぐに逃げ帰ってくるかな」
「逃げ帰ってくるって……、何かいるの」
「いいや、その逆さ。何もないんだよ。ヒトもケモノもいない。太陽が顔を出すこともなく、ずっと暗いまま。あまりにも寒すぎて、魂も凍える。とても二晩とは過ごせるような場所じゃないんだ」
永遠にとけることのない厚い氷に閉ざされた場所。
あらゆる生命をこばむ地、それが北の極界。
竜の谷でお世話になったウィジャばあさんはルクに、自分の目でぜひとも見ておくべきだと言いました。その言葉に従って、はるばるここまで旅をつづけてきたものの、想像していた以上にきびしい環境らしいとわかって、ルクはちょっと不安そうな表情を浮かべ、シッポがしゅんとなりました。
それを見たオジさん。
「あぁ、ごめんごめん。べつにおどかすつもりはなかったんだ。あそこはあくまでヒトやケモノにとってはムズカシイって意味でね。むしろルクくんとは相性がいい土地なのかもしれないね」
水を自在にあやつることができる水色オオカミ。
それはなにもふつうの水だけではなくて、水が変じた霧や霞、あるいは氷についても同じこと。ゆえにいかに北の極界といえども、おそれる必要はないと聞かされて、だいじょうぶそうだとわかり、ほっとするルク。
ルクはオジさんに請われるままに、しばらくあれこれとこれまでの旅の話をしていたのですが、ふいに真剣な表情となった彼からこんな質問をされました。
「ルクくんは、この世界をどうおもう? 実際に旅をして、歩いてみて、きみは何を感じた?」
首をかしげ、すこしばかり考え込んだルクは、「なんだかオモチャ箱みたいで楽しいかな」と答えました。
地の国には、いろんな色があふれており、いろんな住人たちがいる。
自然が生みだす雄大な景色があるとおもえば、不自然な存在がデデンと点在していたりする。日々をただ懸命に生きているだけの命があるとおもえば、いろんなことを考えている命もある。ケモノにしたって地域によって在り方がまるでちがう。家族や仲間たちと協力して仲良く暮らしている連中がいる一方で、本能に従ってキバとツメを頼りにその日暮らしをしている連中もいる。
かとおもえば魔法という独自のチカラを持つ魔法使いという種族がいて、ドラゴンやグリフォンという圧倒的な強者が空を飛び、聖剣を持った勇者が冒険をしており、魔王なんてモノまでもいるらしい。
世界は自然の摂理に従っているように見えて、その枠から飛びだして生きている者もたくさんいる。
天の国の御使いとしての旅を通じて、実際に自分の目で見て、触れてきた水色オオカミの子ども。
そんな彼から、世界は楽しいと聞かされた神さま。
うれしそうな笑みを浮かべつつも、ちょっぴり複雑そうな表情にてつぶやきました。
「そうなんだよ。ここってばすっかりウチの娘たちのオモチャ箱になっちゃったんだよね」と。
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