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001 二本目っ!
しおりを挟む世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを産み出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまった、わたしことチヨコ。辺境のきわきわ、ポポの里育ちのピッチピチの十一歳。由緒正しい農民。
しかし母の冠は伊達ではなかった。
産みっ放しなんて許されない。きちんと面倒を見て、なおかつちゃんとしたお相手を探し出すという使命があったのだ。
自分の初恋もまだというおぼこ娘に、我が子(剣)の代理婚活をさせるだなんて、ムチャぶりにもほどがあるっ!
しかもこの使命をはたさなければ、世にもおそろしい呪いが……。
なんと、神々が寄ってたかってわたしの運命の赤い糸をちょん切るというのだ!
ヒドイっ!
で、さっそく生まれてきたのが天剣勇者のつるぎ。
自我を持ち、空を飛び、スコップに変じ、他にもいろいろスゴイ能力を秘め、「ですわ」とお嬢さま口調で話す、勇壮かつ美麗、威風堂々たる白銀の大剣。
そんな彼女にミヤビと名前をつけたまではよかったものの……。
じつはこの子、選り好みが激しいうえに、超がつくほどの男嫌いときたもんだ。しかもお母さん大好きべったり甘えん坊につき、けっこう嫉妬深くて独占欲も強め。
うーん。
お嫁に行く姿がちっとも想像できやしないよ。
◇
天剣を産み出す才芽「剣の母」
土をイジるとその土がいい感じになる才芽「土」
水をイジるとその水にいろんな効能が宿る才芽「水」
これがわたしの身に宿ったチカラ。
いちおうは史上初の三つ持ちらしい。
あー、才芽っていうのは、十一歳になったら教会で神さまが授けてくれる、チカラというか才能の片鱗みたいなもの。「より実りある人生を送るための指針にて、どうぞお役立て下さい」みたいなありがたい贈り物。
だがしかーし!
個性豊かで多種多様といえば聞こえがいいけれども、目覚める才芽はピンキリにつき雑多感がぬぐえないのが本当のところ。
わたしの知り合いには酒蔵の息子にもかかわらず、「下戸の才芽」なんて使途不明なモノを授かったヤツもいる。
もしかして、やっつけ仕事なのかしらん?
まぁ、授ける人間の数が多いから、いちいち考えていたらキリがない。適当な流れ作業になってもしようがないのかもしれない。
とにもかくにも、宿った能力を活かすも殺すも自分次第。
実際には、才芽とは関係のない分野で大成している人も大勢いるしね。
でもって、わたしの剣の母もいちおうは才芽扱い。
土と水に関しては、「たいへんなお役目を押しつけちゃったので、お詫びをかねた特典です」という意味合いらしいのだが、どうにも納得がいかねえ!
そしてこんなチカラを持った小娘が、いままで通りにのんべんだらりと暮らせるわけもなく……。
神聖ユモ国でいちばんえらい人、皇(スメラギ)さまからの召喚。
大仰な使節団に連れられ、生まれ育ったポポの里から遠い聖都まで旅立つハメに。
道中いろいろあったけど、聖都についたらついたで次から次へと厄介ごとが、ガランゴロンと鈴なり。
それでもわたしはがんばった。
本当にがんばったんだよ。
なのに進捗ナシって、どういうこと?
というか、むしろずずいと後退?
◇
天剣にふさわしい人物を探すために開催された、選定の儀。
集った猛者たちが熱戦をくり広げる裏で蠢く陰謀。
ついには国を揺るがす騒動へと発展。
よもやの腹心の裏切り。危うく聖都壊滅の大惨事を招きかねないところを、寸前で回避。
渦中に巻き込まれつつも、辺境育ちで培った機転とたくましさ、あとは怪しいクスリと勇者のつるぎミヤビのチカラを借りて、どうにか試練を乗り越えたわたし。
すっかりへとへとに疲れてしまい、皇さまの御前にもかかわらず寝落ちしてしまう。
で、「うーん、よく寝たー」と目を覚ましたら、視線の先にいたのは……。
「黒いね」とわたし。
「真っ黒ですわ」とは白銀のスコップ姿のミヤビ。
寝台の上に横たわるのは漆黒の大鎌。
なんとも仰々しい姿にて貫禄たっぷり。
というか、ちょっとおっかない。
「でっかい鎌だね」とわたし。
「まんま死神の鎌ですわ」とはミヤビ。
しばらく眺めていたらムクリと大鎌が起きた。
そして音もなく宙にぷかり。
文字通り鎌首をもたげる。
「へー、この子も浮くんだー」
わたしが感心していたら、漆黒の大鎌が言った。
「……母。名前欲しい」
勇者のつるぎミヤビのときと同じ反応である。
名前とは自己を確立する大切なモノ。
世に産まれ、自我を持つのならば、たとえ鎌の身とてコレを欲するのは至極当然。
わたしはしげしげと大鎌の全身を観察。
うん。どこからどう見ても死神が持っているというアレっぽい。眺めているだけで亡者の嘆きとかが聞こえてきそうだ。
でもって、口調からしてこの子もミヤビ同様に女の子っぽい。
ならば名づけは慎重にせねばならぬ。ここで機嫌をそこねては、のちの子育てに多大な悪影響をおよぼしかねないから。
親が悪ノリして適当な名前をつけたことが発端となり、子どもがグレる。
子育てあるあるだと、里のおばさまたちが言っていたしね。
というわけで、ここはマジメに考える。
「カマという響きは、なんとなく女の子にふさわしくない気がする。クロコとかヤミエとかはちょっと安直だし。でもとってもキレイな黒なんだよねえ。艶があってまるで宝石みたい。黒、夜、漆黒、暗闇……暗。よし、決めた! あなたの名前は『アン』にしよう。どうかな?」
「……」
あれ、反応がない。
もしかして気に入らなかったとか。
たずねたら大鎌がぶんぶん鎌首をふる。
ひょうしに三日月のような形をした刃部分にて風がブワっと、わたしの顔をうった。うぷっ。
「……アン。それが自分の名前」
小さな声でぼそぼそ。
フム。どうやらこの子は照れ屋さんみたいだ。
それでもって大鎌の全体が小刻みにぷるぷる。
うんうん。わたしはこの姿にも見覚えがあるよ。
たしかミヤビに名前を与えたときもこんな感じだったよね。
わたしは同じ轍は踏まぬ、デキる女。
すかさず白銀のスコップ形態のミヤビを引っ掴んで寝台から飛び降り、窓辺へ向かうと単子葉植物である黄色い花の禍獣ワガハイの鉢植えを抱え、床に伏せた。
ちなみに禍獣とは、大地の気を受けて自然発生する獣や植物の亜種のことである。
わたしは己の才芽と天剣を組み合わせることで、植物系の禍獣化現象を人為的に引き起こすことが可能。「剣の母」のみならず「禍獣の母」でもあるのだ。
その第一号がこのワガハイなのであーる。
なおこの子が得意なのは「グチを聞くこと」と「ムダ口を叩くこと」、それから最近「声マネ」を覚えた。
退避直後に始まるのは、漆黒の大鎌の狂気乱舞。
横回転を基本とした刃の竜巻がビュンビュン。うっかり触れたらスパッと首が飛びそうにて、なんともすさまじい。
誤解のないように述べておくと、べつにアンは怒っているわけではない。
たんに名前をもらって無邪気によろこんでいるだけだから。
その証拠に、ほら、さっきから「……母。大好き」とぶつぶつ連呼しているもの。
それにしても腹の下にいるワガハイが「なんじゃありゃーっ!」とやかましい。
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