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002 魔王のつるぎ
しおりを挟むようやく大鎌による狂喜乱舞が終了。
部屋の中はしっちゃかめっちゃか。
でもって、落ち着きをとり戻したアンが言った。
「……自分は魔王のつるぎアン。乙女の嘆きを切り裂き、悲しみの涙を拭う者」
うん……?
ごめん。ちょっと何を言ってるのか、よくわかんないや。
わたしとミヤビとワガハイは緊急会議を招集。
額をつき合わせてヒソヒソ。
「あれってどういう意味なのかな? わかる人、挙手でお願いします」
わたしは仲間たちに意見を求めた。
他力本願上等。
「わたくしの妹が『魔王のつるぎ』なのは理解しましたわ。ですが、あとの言葉の意味がちょっと……」
妹アンの誕生をよろこびつつ、その言動に困惑を隠せない姉ミヤビ。
その気持ちはよーくわかるよ。かつてわたしも愛妹カノンが生まれたときは、そんな感じだったから。もっともすぐに愛情一色に変わったけれどもね。指つかみからの笑顔一発で、チヨコお姉ちゃんは瞬殺だったよ。
「いや、アレに深い意味はなかろう。でもなぜだろう。ワガハイ、ちっとも他人の気がしない。これは至極奇妙奇天烈なり。もしや前世の宿縁、運命の再会、動きだす時の歯車、ついにグルグル発動?」
単子葉植物の鉢植えの禍獣ワガハイ。やたらと物々しい難解な言い回しを好む彼の言葉を聞いて、わたしも確かに似ていると思った。
でも、それはそれで剣の母としては、ちょっと次女(鎌)の行く末が心配。
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
天剣といってるくせに、その形態は剣のみにあらず。
過去には槍やら盾やらの姿で顕現したこともちらほらあるという。
だからアンが漆黒の大鎌の姿とて何もおかしくはない。
魔王うんぬんについては、いまは考えない。
でもってこの天剣たちは、剣の母であるわたしの心と魂をゴリゴリ削って創造されるので、母体の影響を強く受けるらしいから……。
以上のことを踏まえて、わたしが出した結論はズバリこうだ。
「ひょっとして、わたしが寂しがっていたせいなのかしらん」
いろんなことが重なって弱っていた乙女の心。
ぶっちゃけわたしはいま、めちゃくちゃ故郷や家族が恋しい。
この言葉に大鎌がくるんと一回転してみせた。
正解らしい。
つまりわたしがメソメソしていた反動で、アンはひょっこり生まれてきたと。
フム。まぁ、それが判明したからとて、だからどうしたって話なんだけどね。
◇
窓の外は薄暗い。
夜明けまでにはまだ間がある。
散らかった部屋に関してはあとで片付けるとして、いまは魔王のつるぎアンのこと。
わたしとて伊達に二児ならぬ二剣の母ではない。
積み重ねた経験にて大いなる成長を遂げているのだよ。見た目はともかく中身がね。
まずすべきことは我が子のチカラの把握。切れ味のすさまじさは理解したので、問題はそれ以外の能力。
そこでアンに「あなたは何ができるの?」とたずねるも、ふたたび「自分は乙女の嘆き悲しみをうんぬん」の台詞をくり返しそうになったので、あわてて止める。
「そういう信条的なことではなくて、具体的なことを教えてちょうだい」
問うたら、なんとびっくり!
「……自分は空間を斬り裂ける。そしてこんなことも余裕」
シュッと鎌をひと振り。
何もないところがスパッと斬れて、黒い裂け目が出現。
その中にアンがするりと潜り込んだとおもったら、裂け目がピタリと閉じて跡形もなく消えてしまう。
で、今度は部屋の反対側の何もないところから、にょきっと鎌刃の切っ先が生えたかとおもったら、先ほどと同じような裂け目が発生し、奥からアンが姿を見せた。
一同あんぐり。
次女がとんでもないかくし芸を持っていたよ!
空間を跳躍する「転移」と表すべきチカラ。
文字にすればたったの二文字ながらも、中身がとんでもねえ!
しかもこの世の理をムシしているインチキゆえに、距離による制限はないというから、さらにとんでもねえ!
もしかして「最強の暗殺者、必殺裏稼業」とかやれちゃうの?
とか興奮しちゃったよ。
でも、よくよく話を聞いてみると欠点がちらほら。
欠点その一。
一日に使える回数は三回まで。行って、戻って、行ったっきり。
もしもこれを超えて無理をしたら、あちこちが裏返ってえらいことになる。
ほら、ちょっと想像してみて。なかに入った人間が裏返っちゃう光景を。皮膚がめくれて内臓とか赤身のお肉とかがモロ出しにて、ドバッとね。
うぷっ、けっこうくるものがあるでしょう?
わたしはこんな死に方、ぜったいにごめんである。
欠点その二。
わたしもしくはアンが行ったことのある場所でないと、空間を繋げられない。
つまりどこぞの商家の金蔵やお城の宝物庫にこっそり忍び込んでシメシメ。
などという、伝説の大どろぼうのようなマネはできない。
いや、たとえ可能だったとしてもやらないけどね。
でも少しばかりガッカリしている自分がいることも否定はしない。
欠点その三。
アンの意に沿わない人や物は空間を通り抜けられない。
空間を繋げて大軍勢を率いて突撃ーっ! とかいう戦法はムリ。
というか、アンはわたし以外の人間を通す気がさらさらないらしい。
理由としては、乙女が胸襟を開くのは真から心を許した大好きなお相手だけ。
みたいな感じとのこと。
女の子はいろいろと気ムズカシイから、コレもしようがないね。
などなど。本気で突き詰めたら、他にも細々としたボロがボロボロな転移能力。
それでもすごいことにはちがいあるまい。
そしてわたしは遅まきながら、ハタとあることに気がつく。
「ひょっとしてわたし、実家に一時帰宅とかできちゃたり、する?」
アンのお返事は「……がってん」
合点、がてん?
とにかくイケるみたいだ。ひゃっほう!
となれば、善は急げ。
準備を整えて、ちょっと里帰りとしゃれ込もうじゃないか。
散々にがんばたんだもの。
それぐらいは許されるよね?
◇
第一妃シンシャと第二妃メノウの贈り物作戦にて、山のようにもらった宝物の中から、里のみんなへのお土産用にと選り分けておいた品が詰まった行李(荷物などを入れておく編み籠のこと)。
中身がパンパンにつき、けっこうな重さとなっているこれを、ミヤビに手伝ってもらって隣接している衣装部屋より「うんしょ」と引っ張りだしてから、一筆したためる。
『えー、天剣二本目が出ました。
なんだかいろいろあってチヨコは疲れました。
つきましては、ちょっと里帰りして、愛妹成分を補充し英気を養ってきます。
ちゃんと伝書羽渡で定期連絡は欠かしません。
七日ほどで戻るのでどうか心配しないでください。
あと部屋をちらかしてごめんなさい。片付けはお願いします。
剣の母チヨコより』
残しておく手紙を書き終えたところで、ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえてきた。
窓からは朝日が差し込みはじめており、世界がどんどんと明るくなってゆく。
「おっと、グズグズしていたら女官さんたちが様子を見にきちゃう。さぁ、その前に出発するよ」
さっそくアンに空間をスパッとしてもらい、行李を裂け目の奥へと押し込んでから、わたしはミヤビとワガハイを連れて中へと足を踏み入れた。
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