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004 オオカミの歌
しおりを挟むサンタとカノンのアレはわたしのはやとちりだった。
たんに目にゴミが入って「やーん」となっていたカノンを見かねて、サンタが「だったらオレがとってやるよ」
純然たる善意の行動。
お姉ちゃん、ちょっと焦っちゃた。
失敗失敗、てへ。
「でもね、カノン。男はみんな親切なフリをして、そうやっていい人ぶって近づいてくるのよ。もちろんなかには真摯でマジメな殿方もいる。けれども男は雰囲気に流される生き物。女性の部屋で二人っきりとかになったら、いいニオイにつられてついクラクラと……。なんてこともあるらしいから、今後はいかに親しい仲だからって、お父さん以外の異性を気軽に部屋にあげたらダメなんだからね」
男はしょせんオオカミなのさ。
人の皮をかぶったオオカミなのさ。
ちょっと優しくしたら、かんちがいするオオカミなのさ。
盛りのついたうぬぼれ屋さん。困った困ったオオカミなのさ。
底の浅い優しさと愛想の良さは、とくにキケンなのさ。
だからよい子は相手の上っ面にダマされないように、注意しなくちゃいけないのさ。
ひさしぶりに再会したカノン。
その柔らかなカラダを抱きしめ、存分に愛妹成分を補充しつつ、耳元にてささやくように刷り込み教育を施す。
フンフン鼻歌まじり、口ずさむような文言と調子にて、覚えやすく簡潔明瞭なのがコツだ。
姉の言葉を疑うことなく「わかったよー、おねえちゃん!」といいお返事にて、ニパッと笑顔を見せるカノン。愛い愛い。
えっ、ところでサンタはどうしたのかですって?
転がったままだよ。白目をむいて床に。
◇
カノンとともに昼食の席に突如として「ただいまー」とあらわれた長女。
これを前にして父タケヒコ号泣。
うれしさのあまりわたしを抱きあげ、猛烈な勢いで高い高いをするほど。でも高身長かつガタイのいい父がそれをすると、わたしはけっこう天井のそばまで押しあげられるのでギリッギリ。ぶつかりやしないかとヒヤヒヤ。まるで生きた心地がしなかった。
これとは対照的だったのが母アヤメ。
母は「あらチヨコ、おかえりなさい」とあっさりしたもの。
でもこれはしようがない。なにせ母の才芽は「すこやか」にて、とにかく精神耐性がすごいのだ。ちっとやそっとのことでは動じない、不撓不屈の魂の持ち主。
のはずだったのだが、サクラン染めの反物、サクランの花のニオイ袋、サクランのおしゃれなビン詰め香水という高級三点盛りをお土産に渡したら、めちゃくちゃはしゃいだ。
飛び跳ねるたびに、大きな胸がぶるんぶるん。
あいかわらず立派にて、たいていの殿方たちが「どうせ人生を終えるのならば、アレに跳ね飛ばされて死にたい」と願うことであろう。
いやはや、よろこんでくれて何よりだが、わたしの心中は少々複雑でもある。
妹へのお土産にはサクラン三点盛りから香水のかわりに、筒の中をのぞくたびにちがったキラキラの世界が楽しめるという、鉄と職人の国パオプ製の万華鏡を加えたモノを。
父には明け方の空を彷彿とさせる渋い色味の藍染めの反物に、硯と筆などの一式を贈る。
父母妹らにお土産を渡しがてら、新しく仲間になった魔王のつるぎアンを紹介。
宙に浮かぶ漆黒の大鎌の威容にて三人の度肝を抜いてから、家族水入らずで歓談しつつ昼食を楽しむ。
いろんな野菜を放り込んだ素朴な田舎の煮込み料理。
ひさしぶりに口にした母の手料理はとてもおいしかった。
聖都での食事もたしかに豪華で美味だけど、やっぱり食事は誰と食べるのかということも大切なのだ。
そのことをしみじみ実感しつつ、母へ椀を差し出しおかわりを所望する。モグモグ。
昼食後は、お昼寝をするカノンを自室に送りがてら、床に転がっているサンタを回収。
庭の井戸のところまで引きずっていき、汲んだ水を顔面にぶっかけて起こす。
「ぶはっ、なっ、何だ? オレはたしかいきなりあらわれたチヨコに蹴り飛ばされて……って、どうして聖都に行ったおまえがここにいるんだよ!」
どうしたもこうしたもない。
都会に疲れたので一時帰郷したからである。
そのまんま説明をしたらサンタが「どうして新しいのが増えてんだよ!」と魔王のつるぎアンを指差し、「なっとくいかねーっ」とやかましい。
何をそんなにゴネているのかとおもえば、なんてことはない。
かつてポポの里を襲ってきたサルの禍獣どもとの闘いを経て、己が未熟を痛感したサンタ。
わたしがいない間、年頃の男の子は健気にもそれなりにがんばって、カラダを鍛えていたそうな。
やたらと腕立てふせをしたり、やたらと腹筋をしたり、砂を詰めた麻袋をドムドム叩いてみたり、やたらと二の腕を出して筋肉を誇示してみたり……。
チカラに焦がれるのは十代前半の男子によくみられる衝動。
なのに数か月ぶりに再会した幼なじみに、一撃でのされたとあっては男の面目丸つぶれ。
少しは差が縮まったかとおもえば、いっそうの水をあけられており、サンタ少年はかんしゃくを起こしていたのである。
「フム。なるほど、そういうことだったのか」
少年の主張に耳を傾け納得したところで、わたしは言ってやった。「ふっふっふっ、残念だったね、サンタ。わたしはこれでも八武仙の一人を倒した女。そして都会の風に触れ、よりステキにムテキな大人の女性への階段を三段飛ばしぐらいで駆けのぼっている、いまもっとも勢いのある女でもある。そんなわたしに本気で勝ちたいのならば、ロウさんの直弟子にでもなって、死に物狂いでがんばるしかないね」
里の門番であり(唯一)、衛士であり(唯一)、里の自警団の団長(非常勤)でもあるロウさん。
隻眼隻腕隻足にて杖が手放せない、やや腰の曲がった老人。
ふだんはボケボケでまるで役に立たないジジイだが、ひとたび戦いとならば仕込み杖から刃が閃き、敵をたちまち一刀両断。すさまじい剣技の持ち主にて武芸百般。
もしもロウさんのシゴキを生き抜くことができたら、あるいはおおいなる飛躍を遂げることも……。
なんてことをとくとく説いたら、「おまえは聖都くんだりまで行って、何やってんだよ! 剣の母の使命はどうしたんだよっ!」とのダメ出しを喰らう。
うぐっ、悔しいが「何やってんだ」に該当することがありすぎて、なんも言えねえ。
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