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005 破滅遊戯
しおりを挟むサンタに手伝わせて行李を里長のモゾさんのところまで運び、これを丸投げ。
いきなりの訪問と再会。「えっ? えっ? えぇーっ!」と戸惑うモゾさんに、荷を押しつけ「里の女性陣へのお土産が入ってるから、みんなに配ってあげて」と告げる。
この気配り屋さん。
わたしってばなんて出来た子なんでしょう。
なーんてことではない。これは辺境ならではの知恵と配慮。
厳しい環境の中にて、何代にも渡って苦楽を共にしてきた里の仲間たち。
絡み合うツタのごとく、みっちりねっとり、すっかり一心同体。
とはいかないのが、人間のかなしいところ。
各家庭がほぼ横並びの里にあって、ひと家族だけが急に突出したお金持ちになったら、妬み嫉み僻みの集中砲火を喰らうことになる。
このたび剣の母なる人材を輩出した功績によって、ポポの里には中央からの厚い援助が確約されているとはいえ、ソレはソレなのである。
辺境での孤立はしゃれにならない。死に直結する。
なので反物一本、小物ひとつでこれが防げるのならば安いもの。
「……にしても、ここはちっとも変わらないねえ」
懐かしい空気を胸いっぱいに吸い込み、しみじみ。
ポポの里の中心部である広場周辺は、あいもかわらずの閑散っぷり。
建て直しが決まったという教会もボロっちいまま。
かわったことと言えば、里で唯一のぼったくり商店の軒先に「新規出店反対!」の立て看板が増えたことぐらいか。
里長のモゾさんによれば、「そんなにすぐにとはいかないよ。なにせうちは国の中でも極東のきわきわに位置しているからね」とのこと。
大人の足で一日半のところにある最寄りのタカツキの街に、いったん資材やら人材などを集めて、まずは街道の整備。それが終わってからようやくといった流れ。これにお役所仕事もからむから、じっさいに里の再開発が動き出すのはまだまだ先のこと。
風に揺れるモゾさんの残された毛髪。
これが失せるのが先か。
里の再開発が着工するのが先か。
微妙なところである。
◇
お土産配送係に任命されてしまったサンタ。「横暴だっ!」「大人はいつも勝手だっ!」「給金払え!」と抗議するも、モゾさんより里長権限をふりかざされて撃沈。しぶしぶお手伝いをすることとになり、イケてない幼なじみとはここでお別れ。
わたしはミヤビに乗り、アンを案内がてら里中を連れてふらふら。
神父さまをはじめとする里の主だった面々に帰還の挨拶とアンの紹介をしがてら、門番をしていたロウさんにも声をかける。
「ねえ、不審者をみかけなかった?」とたずねるも、返事は「さぁ」
聖都での騒動に巻き込まれた際。
危うくポポの里にも飛び火しそうではあったのだが、どうやら何ごともなくすんだようである。
わたしはホッとペタペタな胸を撫でおろす。
その足で呪い師のハウエイさんのところにも顔を出したら、赤髪のしわくちゃ婆さまは家のまえに敷物を広げていた。すぐそばにダケさんの姿もある。
ダケさんっていうのは、ハウエイさんのところに居候している菌類の銀禍獣のこと。
見た目は毒々しくも華々しいおっきなキノコに手足が生えたような姿だけれども、性格はとっても温厚。いいお出汁がとれる。
で、二人して何をしているのかとおもえば、賽子(サイコロ)片手に双六(スゴロク)遊びに興じていた。
ただしこの双六、子どもたちが遊ぶようなかわいらしいモノではない。
極めて賭博要素の強い大人の玩具。あまりにハマり過ぎて身を持ち崩した者数知れずという、いわくつきのシロモノ。
再会の挨拶もそこそこに、「おっ、ちょうどいいところにきおったわい。ダケは打ち筋が素直すぎてちと物足りんかったところじゃ。チヨコも混ざれ」とハウエイさん。
◇
複数の賽子を振り、出た目の合計分だけ自分の駒を進める。
その過程で手元にある点数棒をとったりとられたり、奪ったり押しつけたり。なにせ点数棒には借金もあるからね。
とにかく目まぐるしく増減する収支と変化する状況。
最終的に終点へと到達した時の点数が一番多かった者が勝ちとなる遊戯。
遊ぶ盤が大きくなり、一度にあつかう賽子の数が多くなるほどに、使用される点数棒が増えるほどに、参加する者が加わるほどに、難易度が飛躍的に高まる。
運と度胸、知識と経験、洞察力と決断力が必要。底なし沼や深淵にたとえられほどに奥が深く、これを極めんと生涯を費やしている博徒や道楽者もちらほら。
ちなみに双六を用いて賭けごとをする場合には、点数棒が実際のお金に換算されて行われる。設定比率にもよるが、負け方次第ではえげつないことになる。
その分、勝ち方次第では一攫千金どころの話ではない。
お屋敷や大店をまるごと手に入れたとかいう、夢のある話も巷にはごろごろ。戦争の決着を双六でつけたなんてウソみたいな本当の話もある。
なお神聖ユモ国では、この遊戯は推奨されていない。
あまりにも中毒性が強すぎるからだ。
だからふつうは賭場とか酒場の奥でこっそり、身の丈にあった範囲で熱狂する位置づけとなっている。
そんな破滅遊戯にわたしを参加させるハウエイさん。
しかしこれが初めてというわけではない。
たしか……はじめて参加したのは、わたしが五つか六つの頃であったか。
うっかりハウエイさんがもてあそんでいた賽子に興味を持ったのが運の尽き。
「おっ、チヨコは賽子を振る姿がさまになっておるのぉ。粋だねえ、かっこいいねえ」
などというわけのわからないヨイショにて、「てへへ」とその気になった若かりし頃のわたし。
気づいたら賽子の目を一度に四つ操れるまでに、がっつり仕込まれていた。
そりゃあ金銭がわりにオヤツを巻きあげられ続ければ、イヤでも腕前があがるよね。
負けるたびに何度心の中で叫んだことか。
「あんさんは鬼や! 人の皮をかぶった鬼やっ!」と。
だがそうまでして身につけた技とて、まだまだ足りない。
なにせ目の前にいる赤髪の鬼ババアは、最大八つまで自在に賽子の目を操作するバケモノ。全盛期には十二個までイケたというのだから、とんでもないババアである。
賽の目勝負では勝ち目がない。
ゆえにわたしは数字と言葉を駆使した、揺さぶりによる心理戦を仕掛ける。
ケケケと高笑いしながら盤面を縦横無尽に駆ける魔女。
これを罠にハメようとたくらむ剣の母。
そんな両者の間をテクテクと素直に進むダケさん。
裏の裏の裏裏まで読み合う勝負にあって、ダケさんの素直さがかえって場をかき乱す。
一進一退の攻防を続ける中で、わたしは聖都で体験したことをちらほら報告。
ダケさんの胞子を使って八武仙の一人をやっつけた話に、ゲラゲラ腹を抱えて笑うハウエイさん。
あれやこれやと面白おかしく語って聞かせるも、彼女の手元が狂うことはない。ちっ。
それでも賽子をふるう手が一度だけ、ほんのわずかに狂ったときがあった。
それは「どうやら帝国の連中がこの国にちょっかいをかけているらしい」という話をしたときのこと。
これを聞いたハウエイさん。「そうか。ついにここまで……」と意味深なつぶやき。
もしかしたら帝国について何か知っているのかもしれない。
そう思ったけれども、とても聞けるような雰囲気ではなかったので、この話はその場かぎりとなってしまった。
◇
双六勝負はハウエイさんの競り勝ちにて、二番手はちゃっかりダケさん。
わたしがハウエイさんとガンガンやりあっている間に、こつこつ堅実に駒を進めていたダケさんは、終始安定していた。
比べてわたしは終盤に盛大に叩き落とされ、いっきに最下位まで転落させられてしまった。ちくしょう。
「カッカッカッ、聖都でちったぁ揉まれてきたみたいだけど、まだまだだね。が、そこそこ楽しめた。だから今回の負け分は、さっきの話に出てきた『神泉の井戸』だったか、そいつで手を打ってやるよ」
神泉の井戸とは、わたしが聖都のシモロ地区に掘った井戸のこと。
水の才芽と勇者のつるぎミヤビのチカラが合算して、なにやらご利益たっぷりな水が湧くようになってしまった。
辺境医療を支える呪い師であるハウエイさんがこれを望むのは、もちろん私利私欲からではなくて里のことを想えばこそ。
それがわかっているので、わたしも「へーい」と要請には素直に応じることにした。
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